田澤耕『<辞書屋>列伝』

1月25日(土)晴れ、予報ほど気温は上がらなかったが、温暖。

 田澤耕『<辞書屋>列伝』(中公新書)を読み終える。自身が『カタルーニャ語辞典』、『日本語カタルーニャ語辞典』、『カタルーニャ語小辞典』の著者である田澤さんによる内外の辞書作りに携わった人々の列伝。

 辞書作りは長い年月を要する作業であり、その間にはさまざまな事件が起こり、ドラマが生まれる可能性が大きい。恋愛、移住、病気、何らかの人間的な要素がからむ。決して平たんな道ではない。また辞書作りは学問というよりも日常生活に必要な「道具」を作る仕事であり、その意味では「職人」に近い。また辞書を利用者の手元に届くようにするためには売り捌く才覚も必要であり、「商人」としての面も持つ。そこで田澤さんは「辞書屋」という言葉を使うことにしたという。辞書作りは一方で自分が「学問」以下のことをしているという自己卑下の感情を抱き、他方で真に人々の役に立つ仕事に従事しているという自負をもっている。その機微を表すのに「辞書屋」という言葉がふさわしいという。

 何人かの辞書屋の伝記を集めれば、彼らに共通の個性、あるいは辞書屋という種族の共通の属性をあぶり出せるのではないかというのがこの書物の狙いである。もっともこの書物はそういう辞書屋の伝記を網羅するものではなく、田澤さんが「たまたま縁あって触れることができた」(ⅲページ)人々についてまとめたものである。取り上げられているのは第1章でOED(『オックスフォード英語辞典』のジェームズ・マレー、第2章で『ヘブライ語大辞典』のベン・イェフダー、第3章で『カタルーニャ語辞典」のプンペウ・ファブラと『カタルーニャ語・バレンシア語・バレアルス語辞典』のアントニ・マリア・アルクべー、第4章では『言海』の大槻文彦(国語辞書との関連で英和辞典の先駆『英和対訳袖珍辞書』の堀達之助)、第5章では「明治の知識人に大きな影響を及ぼした」2人の人物としてのア・ウェブスターとヘボン、第6章ではメキシコで『西日辞典』を作り上げた照井亮次郎と村井二郎、第7章では『スペイン語用法辞典』を独力で作り上げた主婦のマリア・モリネールが取り上げられている。さらに終章では田澤さん自身のスペイン語、カタルーニャ語との出会いと取り組み、辞書編纂の経緯などが述べられている。フランス語辞書のエミール・リトレやドイツ語辞書のグリム兄弟などを省いたのは縁がなかったからだということらしいが、加島祥造さんの『英語の辞書の話』を読めばわかるように、英語だけでもロジェーやブルーワーのようなさまざまな人物が辞書の発展に貢献しているので、ここで描かれているのは<辞書屋>のごく一端であることを認識しておく必要はある。

 田澤さんの専門領域だけに、プンペウ・ファブラとアントニ・マリア・アルクべーが対立しながら、それぞれのカタルーニャ語辞典を作り上げていく過程を描く第5章が一番面白いが、国語辞典の成立と英和辞典の成立とを関連させて論じている第4章、スペイン内戦の苦悩を引きずりながらもっともすぐれたスペイン語辞典を作り上げたマリア・モリネールを描く第7章も読みごたえがあった。

 いずれにしても言語と辞書には関心があるので興味深く読むことができた。ここに書かれていることは辞書の世界の全体に比べればきわめて小さい部分なのだが、そのために費やされた労力が莫大なものであることを考えることも大事であろう。

 あまりはっきりとは書かれていないが、第2章でいったん消えかけた言語であるヘブライ語をユダヤ人国家再建の過程で復活させようとしたベン・イェフダーを取り上げたり、(田澤さんの専門であるが)スペイン国家内部ではマイノリティー言語であるカタルーニャ語を取り上げているところに、著者の言語についてのある思いが見て取れる。だとすれば、アジアの日本語以外のアジアの諸言語の辞書作りについても目を向けてもよかったのではないかと思うのだが、それは別の著者を探した方がいいのだろうか。 
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