ウィルキー・コリンズ『月長石』(23)

1月18日(土)晴れ

 ハーンカスル大佐によってインドから英国に持ち込まれた黄色いダイヤモンド<月長石>は、彼の遺言によって姪であるレイチェル・ヴェリンダーの誕生祝いとしてヨークシャーのヴェリンダー家に運ばれた。しかし、レイチェルの誕生祝いのパーティーのあった翌日、宝石は彼女の手元から失われていた。この宝石には世代を超えてその行方を見守ってきた3人のインド人たちの姿が付きまとっており、宝石を盗んだのはヴェリンダー家の邸の周辺に出没していた3人のインド人の手品師ではないかと思われたが、彼らの仕業ではないことがわかる。その一方でレイチェル自身の不可解な言動や、邸の使用人の1人である前科者の女性ロザンナ・スピアマンの自殺、さらには紛失の直後にロンドンで起きた、レイチェルの従兄で求婚者であるゴドフリーの身辺で起きた怪事件など謎がさらに謎を呼んで事件の波紋が広がってきた。ヴェリンダー家の顧問弁護士であるマシュウ・ブラッフが紛失の後の成り行きについて、彼のかかわった範囲内での証言を続ける。

 紛失の前後の経緯について沈黙を守っているレイチェルはゴドフリーをめぐるうわさについて否定し、彼は犯人ではないと断言するが、その一方で彼女が心から彼を愛しているわけではないとの理由からいったんは承諾した彼との婚約を破棄する。その背景には、レイチェルが相続するはずの財産についてゴドフリーが調べていることを知ったブラッフの助言があったことを彼自身が語る。さらに、ブラッフは彼がであったいくつかの出来事について証言する。渋るフランクリンを説得して宝石をヨークシャーまで運ばせたのが、この宝石がヴェリンダー家にとって貴重な財産となるというブラッフの見込みがあったことも語られている。

 ゴドフリーとレイチェルの婚約破棄の1週間から10日ほど後になって、ブラッフの事務所をインド人らしい色の黒い異国人風の紳士が訪れる。彼は金貸しのセプティマス・ルーカー(月長石紛失事件の後に、ゴドフリーと同じ日に、インド人らしい人々に襲われた人物である)の紹介だといって、借金を申し込むが、実は月長石がブラッフの手元にあるのではないかを探りに来た様子である。ブラッフが金を貸すことはできないというと、紳士は英国では借金の返済の猶予期間はどのくらいの長さであるかと質問をする。ブラッフが1年間であると答えると納得した様子で帰っていった。

 その後、ブラッフはルーカーから連絡を受け、彼から話を聴くことになる。インド人らしい紳士はブラッフを訪問したその前日にルーカーのもとを訪問しており、やはり借金を申し込んできたが、彼がそれ以前に自分を襲った人物と同一人物であることをすぐに見抜いたルーカーは恐怖にかられて、貸すための金はなく、もし借りるのであればブラッフのところに行けばよいと答えたと弁解する。あやしい紳士はルーカーにも返済の猶予期間について質問をしたという。その意味するところは何であるのか、ブラッフは頭を悩ませる。

 ルーカーと会った夜、ブラッフはとある晩餐会に出席し、その席で探検家として知られるマースウェイトにであう(彼はレイチェルの誕生祝いの席にも姿を見せていたが、ブラッフは誕生祝いにはなぜか出席しなかった)。マースウェイトはブラッフから月長石の事件とのかかわりについての質問を受けて、びっくりした様子であったが、ブラッフがヴェリンダー家の顧問弁護士であり、この宝石をめぐる事件とかかわっていることを知って口を開く。ブラッフが返済の猶予期間についての質問の意味をはかりかねていることについて、マースウェイトはインド人たちと宝石について本気で考えてこなかったからわからないのだと断言する。インド人たちは宝石の奪還を目的として英国にやってきて、宝石を見守る役割を引き継ぎながら、ささやかだがしっかりした組織を作り上げてきた。

 彼らが宝石を奪還するのは警備が手薄になった時を見計らってのことであり、銀行の金庫に預けられていたり、多くの人々の目が光っているような場所では奪還は企てられることはない。月長石はレイチェルの部屋から紛失した後、何ものかの手によってロンドンに運ばれたと考えられる。運んだ人物として疑いをかけられるのはゴドフリー・エーブルホワイトである。「あの方はすぐれた慈善家だと聞いています――ところが、なにはさておき、あの方はその評判とはまるでうらはらな人物ですな」(中村訳、476ページ)とマースウェイトがいう。その評価にはブラッフも賛同するが、レイチェル自身がゴドフリーは犯人ではないと断言したことを思い出して(彼女の名前は出さずに)、彼への嫌疑を否定する証言があると述べる。マースウェイトはその証言については留保したうえで、ルーカーが何者かによって持ち込まれた宝石をすぐに銀行に預けたためにインド人たちの目論見が失敗したと推理する。しかし、彼らはルーカーから銀行の受領証を奪ったので、1848年の6月から1年がたつと、宝石を奪う機会がふたたび訪れると考えているはずだという。レイチェルの部屋から宝石を盗んだ人物がだれであるにせよ、1849年の6月に宝石は銀行から持ち出され、インド人たちがまたその奪還を企てるであろう、「インド人たちは続けて2度失敗したのですよ。3度目はしくじることはあるまいと私はかたく信じています」(478ページ)とマースウェイトはいう。「1849年6月。月末ごろ、インド人たちの消息を待つべし」(同上)とブラッフは書きとめる。

 以上でブラッフの証言による部分は終わり、今度は海外旅行から帰国したフランクリンの証言がはじまる。事件についての証言をまとめようと言い出したのが彼であることは既にベタレッジとクラックが語っている通りである。ゴドフリーに対する疑惑は増す一方であるが、レイチェルが彼は犯人ではないと言い張っているのはなぜだろうか。その謎は今後の証言によって解かれるのだろうか。それはさておき、ブラッフは弁護士という職業柄から世間的な知恵にたけている半面で、月長石に対するインドの人々の信仰を軽視するなど異文化への理解の不足も目立つ。この点を補っているのが探検家のマースウェイトの知識と理解である。

 物語の展開を通じて、ハーンカスル大佐がインドの財宝を強奪したことが非難される一方で、それをインド人たちが奪還しようとしていることについても「陰謀」として否定的に扱われている。大英博物館やルーブルに収蔵されているオリエントの財宝はもともとあった場所に戻される必要はないというのと同じ論理であろうか。その一方でブラッフの観察として彼を訪問してきたインド人たちの1人はその物腰も使う英語も見事なものであったと記され、ルーカーの方はインド人よりも劣った人物だと評価されているのも注意してよいところである。
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