佐藤弘夫『鎌倉仏教』(2)

1月17日(金)晴れ

 鎌倉仏教が日本史、特に日本思想史の中で特に重視される存在であるのは、この動きの中で成立した宗派が現代の我々の生活に大きなかかわりをもっていることだけでなく、「近世の儒学と並んで鎌倉仏教が日本の伝統思想界のピークを成していると考えられている」(46-7ページ)ことのためでもある。ではなぜ、この時期の宗教思想が高い水準のものと考えられているのであろうか。鎌倉時代に新しく生まれた仏教の特色のうち基本的かつ最大公約数的なものを上げるとするとその「民衆的性格」ではないかと考えられている。旧仏教が「国家仏教」「貴族仏教」の殻を破ることができなかったのに対し、新仏教はあらゆる人々の救済という課題に取り組んだ、そのような新しい宗教の幕開けとなったのが法然の宗教成立であるというのが従来の理解であったと佐藤さんはいう。

 しかし、法然以前にも口称念仏の意義を認めただけでなく、民衆の中に入ってそれを勧めた僧侶はいた。空也や永観(普通、えいかんと呼んでいるが、ようかんが正しいようである)はそうした僧侶の中でもっともよく知られている人々である。念仏聖を中心に法然以前に既に仏教を民衆化しようとする動きがあった、その結果院政期には、本願の念仏による万人の往生という思想が広く社会に定着していたと佐藤さんは論じる。それだけでなくそうした民衆の中に向かおうとする動向は念仏聖たちだけでなく、官寺仏教の側にも見られるという。源平の争乱で荒廃した東大寺をはじめとする奈良の寺院を復興するために諸国に勧進聖が足を運んでいたのである。

 このような動きの背景をなすのは律令国家の衰退による官寺の窮乏である。国家による財政的な援助を期待できなくなった寺院のなかには勧進聖たちの活動を通じて、生活の余裕ができてさらに精神的なよりどころを求めるようになった上層農民たちに寺院への参詣や喜捨を勧め、財政的な基盤を確保して荘園領主化するものが現れた。その意味で旧仏教も民衆に根を下ろしはじめたのである。

 寺院が人々に参詣を呼び掛けた結果は石山寺や長谷寺などの有名寺院への参詣者の爆発的な増加となり、さらに寺堂の建築が変化する、仏の世界である内陣に対し、人間のいるべき場所としての外陣の割合が相対的に増加していくことにもなっていく。また寺社の縁起絵巻のような新しい宗教芸術もこの動きから生まれてきた。これらの絵巻には『源氏物語絵巻』などとは違って、庶民の生き生きとした表情や動作が描き出されている。それはまた絵解き法師によって寺院に集まった人々に法を説くための素材とされていた。『鎌倉仏教』の第2章「聖とその時代」はこのように鎌倉時代における仏教界全体の民衆化の動きについて述べている。

 法然以前に聖たちの活躍を通じて既に伝統仏教は民衆に根をおろしていた。また称名念仏による凡夫の往生という考え方も広く社会に定着していた。とすると法然が始めた新しい宗教の特質を従来のような意味での「民衆性」に求めることはできないと佐藤さんは論じている。法然の主張の新しさは、念仏によって誰しもが平等に救済されると説く一方、念仏以外のさまざまな行は本願として選びとられたものでないために、いくら実践しても無意味であると断言しているところにある。しかしこのような主張の根拠を経典の中に求めることはできない。根拠とされる無量寿経についての法然の解釈は強引である。彼は経文に独自の解釈を施してでも主張したいことがあったのである。

 従来の仏教では「念仏」は「人が亡くなったときや、しもじものものがなすべき下劣で不吉な行」(60ページ)とされていた。修行法として念仏が軽視されていただけでなく、その実践によってもたらせる救済内容についても上下の区別があり、称名念仏だけで往生しようとするものは下品下生という最低ランクに位置付けられたのである。社会の支配=被支配の関係を反映し、正当化するような既成の仏教の考え方に法然は反発したのである。法然には比叡山の学僧たちよりも、在俗の民衆の方がはるかに真剣に、純粋に法を求めているように思えた。そして法然の教えを受け継ぎながら、伝統仏教者や権力者に対し、より厳しい批判の論理を研ぎ澄ましたのがその弟子親鸞であった。「偽善を憎み日々尊い汗を流す民衆に光を当てようとした親鸞は、ついに彼らの日常生活そのものを全面的に肯定する論理を生みだした」(106ページ)。以上のように、第3章「異端への道」は法然と親鸞による伝統仏教批判の系譜をたどっている。

 なかなか読みでのある本で、まだ全体の3分の1ほどしか紹介できていない。自分なりに納得のいくペースで書き進めるつもりなので、お付き合いのほどをよろしく。空也というと六波羅蜜寺にある念仏を唱える彼の立像を思い出し、永観というと永観堂の紅葉を思い出し、親鸞というと五島美術館で見た『教行信証』の断片の筆跡を思い出す。ある人間の業績を知るのに、その著作を読むことも大事ではあるが、何か具体的な手掛かりを見つけることも重要なのではないかと思う。
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