アガサ・クリスティー『葬儀を終えて』

1月9日(木)曇り

 『葬儀を終えて』(After the Funeral,1953)は戦後の英国社会の変化の中で起きた事件を解決していくエルキュール・ポアロの活躍を、遺産相続をめぐる世代間の対立を織り込みながら描いており、クリスティーの作品中の傑作に数えられている。

 イングランド北部の豪壮な邸宅エンダビー・ホールの主人である富豪のリチャード・アバネシーが急死して、その葬儀に参列した一族が一堂に会する。リチャードは68歳であったが、息子のモーティマーに先立たれたのがこたえたようである。本来モーティマーが継ぐべき彼の莫大な遺産をめぐり、書きかえられた遺言が一家の顧問弁護士で遺言執行者であるエントウィッスルによって発表される。慈善事業への寄付と忠実に仕えてきた執事のランズコムへの年金を除いた残りを6つに均等に分割し、そのうちの4つは税金を払った後、リチャードの弟のティモシーと、甥のジョージ・クロスフィールド、姪のスーザン・バンクス、同じく姪のロザムンド・シェーンに渡される。残りの2つは信託に回されて、そこから上がる収入をリチャードの亡き弟レオの妻ヘレン・アバネシーと、リチャードの妹コーラ・ランスケネに終身支払うことになる。この2人が死亡した場合は、その元金が残る4人に均等に配分されることになる。

 モーティマーが死んだ後に、リチャードは一族の誰か1人に財産をそのまま譲るつもりであったが、弟のティモシーは病身(というよりも、病身であることを理由に消極的な生活を送っており)、甥のジョージは法律関係の仕事をしているとはいうもののギャンブルにのめり込み、周囲の信用がない、スーザンはすぐれた素質をもつ女性であるが、配偶者のグレゴリー・バンクスの精神状態に問題がある、ロザムンドは女優で夫で俳優のマイクル・シェーンとはお似合いのカップルに見えるが、俳優という職業に信頼できないところがあるうえに、ロザムンドは頭が足りないし、マイクルは必要以上に野心的に思われる。ということでリチャードはやむなく財産の等分を決心したようである。

 エントウィッスルの発表を聞いて、みんなが雑談に移りかけた時、コーラが突然奇妙なことを言い出す:「でも、うまくもみ消しちゃったわねえ・・・だって、リチャードは殺されたんでしょう?」

 コーラは一族の中で愚かなだけでなく、精神的に平衡を欠いたところがあるとみられていた。子どものころから言わずもがなの真実をぶちまけてしまうので、みんなが迷惑してきた存在である。彼女の発言はすぐに取り消されるが、一族の中に波紋を広げる。

 翌日、エントウィッスルのもとにコーラが何者かに殺されたという知らせが入る。発見者は彼女と同居して、その世話をしていたギルクリストという初老の女性である。コーラは優れた芸術家だと思い込んで周囲の反対を押し切り結婚した夫に死に別れ、戦後、彼女と同居したのである。コーラ自身も風景画を描き、画家の娘であったギルクリストとはうまくやってきたという。

 エントウィッスルは現場を訪ね、警察の担当者と会い、また一族の人々を訪問する。しかし、事件の手がかりはつかめない。そこで旧知のエルキュール・ポアロに事件の捜査を依頼する。はたしてリチャードは本当に殺されたのか、コーラはだれに殺されたのか、2つの事件は関係があるのか、あるとすればどのような関係なのか、風変わりな人物の多い一族の、愛憎と利害の入り組んだ人間関係の中でポアロの捜査が続けられる。

 犯人(と動機)の意外性、小道具の使い方など巧みに構成された小説であり、エントウィッスルをはじめ、これもポアロの旧知である地元警察のモートン警部、一族のスーザンやジョージもそれぞれ独自の調査を行う。もし、ポアロが知っていればもっと早く事件が解決したかもしれない・・・と思わされる部分が少なくないのが語り口の妙である。

 推理小説としての物語の展開の背景をなしている世相がしっかりととらえられているのもこの作品の特色である。無気力なティモシーと新しい事業に情熱を燃やすスーザンをはじめとする若い世代の対立が、福祉国家へと歩み始め、不労所得者に厳しくなりはじめた世相を背景に描かれている。女性であるクリスティーは、新しい時代に女性の役割が大きくなることに期待するような筆致でスーザンを描き、その一方でこれまでの英国を支えてきた女性としてヘレンやティモシーの妻モードの姿もしっかりと描き込んでいる。伝統にこだわりながらも新しいものに理解を示すというところがクリスティーが多くの英国の読者の心をとらえた理由であろう。
 
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