語学放浪記(22)

1月4日(土)晴れ

 スペイン語にかなり長い間のめり込んでいた理由の一つは、日本人にとって発音が簡単だということではなかったかと思う。したがって音読しやすい。何となく気分が乗ってくるということであった。現在はフランス語とイタリア語を勉強していて、フランス語のほうが勉強している年数や蓄えてきた知識は多いにもかかわらず、発音に今ひとつ自信が持てないままであるのに対して、イタリア語はそれなりに発音できるので、少しずつやる気を増しているという現状である。外国語を勉強する際に発音は重要であるとあらためて思う。

 外国語を学習するとき、自分が正確に発音しているかどうかというのはその後の学習に大きな影響をもつ。中学で英語を習いはじめたときに、発音を褒められた同級生がいて、彼はそれで自信をもって英語を話すことに興味を持ち、後にある一流大学の英語部の主将になった。彼のその後の人生がまた面白いのだが、それは彼自身が語ればよいことである。以前にも書いたように、私は小学校時代に英語を勉強していたのであるが、発音を褒められることはなく、中途半端なままで現在にいたっている。英語のように文字面と発音の関係がかなり無秩序な言語の場合、とにかく勉強して両者の関係に慣れなくてはいけないし、それにはすぐれた指導者の存在が不可欠である。ただ単に早く教えればよいというものではない。早い時期にいい加減な指導者にであったり、よい指導者にであってもいい加減に勉強したりすればその効果はないと知るべきである。

 幸い、英語に比べて、その他のヨーロッパの言語は文字面と発音の関係に規則性がある(すべてがそうだというほどこちらは勉強しているわけではないが、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語についてはそう言える)。だから第二外国語以後の学習は少し楽になるはずだが、英語でさんざん骨を折ってしまうと、それどころではなくなる場合が多いようである。第二外国語のテキストを音読する際についつい英語風に読んでしまうということが起こりうる。発音に限ってみると、既習の言語の知識を新たな言語に生かすよりも、既習の言語はいったん忘れてしまう思い切りが求められる。

 実際問題としてラテン語のように話す必要がない言語であっても、音読することはどの程度自分が内容を理解しているかを確認する意味もあって必要である。ラテン語の勉強をはじめてしばらくしたころ、やはり自分がしている発音を確認したいという願望に取りつかれ、ロンドンのある本屋で初心者用のテキストとカセット・テープを買った。ところがとでカセット・テープを受け取らずに店を出たことにあとになって気づいた。こういう場合に、本屋で説明するのは一苦労で、何をどうやって説明したのか、記憶はないが、とにかくカセットを無事手に入れて、帰国してからラテン語の発音を聴いたのを覚えている。rの発音が特に印象に残った。現在では白水社の「エクスプレス」シリーズのラテン語のCDで発音を知ることができるから、そういう苦労はしなくていいはずである。

 ヨーロッパ以外の言語についてもやはり発音は重要である。尾崎雄二郎先生は中国語音韻学の大家であったのだが、その教え子は発音が悪いという噂があった。大先生ほど雑魚には寛容なようである。それでも先生の教育力は大したものであった。引越しのために荷物の整理をしていたら、大学時代に使った中国語中級のテキストがでてきた。魯迅の『彷徨』なのだが、拼音での書き込みが詳しくされていると思いきや、ほとんど見当たらなかった。仲間内で示し合わせて分担者を決めて、その分担者だけがしっかり予習して授業に臨むというやり方をしていたこともあるが、それなりに中国語の学力が身についていたのだと思い直した次第である。今ではどの漢字をどのように発音するか、見当のつかないもののほうが多い。勉強は長続きさせるべきである。
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