明治は遠くなりにけり

12月23日(月)晴れ後曇り

 俳人の中村草田男(1901-83)を囲んで、何人かの人々が料亭で歓談していた。すると、雪が降り出した。そこの女将が雪を見て「降る雪や明治は遠くなりにけり」と口に出したので、笑いが起きた。女将は澄まして、「あら、お客様、ご存知ないんですの? これ有名な句ですのよ」といったという。

 一座の中心になっている人物がこの句の作者だと知らなかったのは、客商売にしては迂闊な話だと思うが、この話は句の解釈にかかわる問題を含んでいる。この句は1931(昭和6)年に東京が大雪に見舞われたときに、草田男が母校の小学校を訪れた際に詠んだものだそうである。大雪のなか、作者は一瞬、自分が小学生の時代に戻ったような気分に襲われ、その後で明治は二度と戻ってこないのだという感慨にふけったという(実際にはもっと複雑な事情があったらしいが、最低限の事だけ書いておいた)。ちょっと雪が降りだしたくらいで、すぐにこの句を口ずさまれても作者としては当惑するかもしれない。文学作品の解釈は自由であるが、一応作品の成立の背景や作者の意図は押さえておくべきであろうと思う。

 東京の雪というと、フォークソングの「なごり雪」を思い出す人もいるかもしれないし、226事件を思い出す人もいるだろう。どちらも「降る雪や」の句が詠まれたあとのことであるが、解釈を膨らませる材料にはなりそうである。わたしについてみると、雪よりも年号のほうにかかわって感じたことがある。昨年まで大学で教えていたのであるが、受講する学生はほとんどみな平成生まれという時代になってしまって、学生から先生はいかにも昭和の人だと骨董品扱いされていた。明治どころか昭和まで遠くなってきている。

 とはいえ、明治はまだまだ手の届かない過去でもない。今年、大正生まれの私の母が死んだ際に、「大正生まれの方が少なくなってきましたねぇ」といわれたが、実は明治生まれの私の伯母が100歳を超えてまだ元気で生きている。昔のことは奇妙に覚えているが、私と、彼女の弟である私の父の区別がつかないようである。考えてみれば、彼女が記憶している子ども時代は大正時代のことであって、明治ではないから、やはり明治は遠いということになるのだろうか。
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