相鉄演芸場の思い出

12月22日(日)晴れ後曇り

 横浜駅西口のJOINUSとダイヤモンド地下街が大改修を迎えるという話を聴いて、これらの商店街ができる以前にあった相鉄名品街のこと、さらにその地下にあった相鉄演芸場のことを書いてみようと思った。もう50年以上も昔、未成年であったころに、両親に連れられて3回出かけた。その他に、これも今はなくなった東宝名人会に連れて行かれたこともある。成人してから、時々寄席に出かけたこともあるが、それ以前に訪れた相鉄演芸場の思い出のほうが強く残っている。
 
 最初に出かけたのは小学校高学年のときで、それまでもラジオで落語はよく聞いていたが、実際の高座に接するのは初めてのことであった。この時の主任は五代目の柳家小さんで演目は「湯屋番」であったが、それよりも六代目の三升家小勝の「花見小僧」と、二代目三遊亭百生の「天王寺詣り」が面白かったことが強い記憶にある。ともに得意の演目で、初めての寄席経験でこの出会いは実に幸運であったと思う。

 2度目はたぶん1958(昭和33)年のゴールデン・ウィークのことで、主任は古今亭志ん生、演目は「風呂敷」であったが、マクラに振っていた小噺のほうが印象に残り、その後長く隠し芸として使うことにしていた。中トリが七代目一龍斎貞山、食い付きが柳家小さんで演目は「強情灸」であった。この話に出てくる峰のお灸というのは横浜の円海山護念寺でやっていたお灸だということで、横浜の寄席でやるのにふさわしいと思って選んだのかどうかは分からない(第一、そんなことを知っている人はあまりいないだろう)。この他に、中入り前に先代の林家三平が出ていた。ちょうど太陽の黒点が話題を集めていたころで、「大きな黒点が出ています」「ばかっ、望遠鏡にハエが止まっているんだ」というギャグが出てきたのを覚えている。

 しかし、この回で最も記憶すべき出演者は膝代わりででてきた西川たつ(1895-1959)であった。三代目の柳家小さんに可愛がられた女道楽の岸沢式多津が戦後、この名前で高座を務めていたのである。女道楽というのは女性の芸人が三味線あるいは太鼓を使い、歌や踊りを披露しながら、その間に軽妙なおしゃべりをしてつないでいくというもので、榎本滋民の劇「たぬき」のヒロインとなった立花家橘之助(1866-1938)がとくに有名である。

 若い頃の式多津が美貌で人気を集めていたことは、彼女の訃報に接して内田百閒が書いた「小さんと式多津」という文章に記されている(筑摩書房版『うつつにぞ見る 内田百閒集成17』、2004、所収156-168ページ)。「演芸評論の安藤鶴夫さんの『最後の女芸人の死』と題する追悼の一文を、東京新聞で読んだ途端に、急にはっきりして、思い掛けない感慨に襲われた。六十五で死んだ西川たつなる婆さんは、四五十年昔の、私共も若かったし、高座の彼女もいつ見ても綺麗であった常盤津の式多津なのであった」(157ページ)。その師である漱石同様に三代目小さんを愛した百閒は、小さんの独演会に組み込まれている常盤津につきあわされるうちに、常盤津というと必ず出てくる式多津を覚えてしまう。「式多津は面長の美人で、色が白かったのは高座へ上がるのだから厚化粧していた所為もあったか知れないが、常盤津はわからなくても、節回しで可愛らしい口もとを曲げたりゆがめたり、綺麗な顔を上げたり伏せたりするのを随分長い間、はたのだれに遠慮する事もなく、一心にじっと見つめていられるのは悪くなかった。だから昔昔の事ではあるけれど、式多津の顔かたちは、今こうして思い出してみても、非常にはっきりした輪郭が記憶の奥に残っている」(157-8ページ)。

 百閒は三代目を愛するあまり、その葬儀に出かけたことを記し、「それからだいたい三十年の歳月が過ぎて、小さんの高座に活けた白い花の様な、式多津が死んだ。式多津のお弔いにも行ってやればよかったと思う」(168ページ)と結んでいる。百閒がこう書いてから、また50年近くがたっている。

 中学生に60代の老女の美醜を判断させるのは無理であるし、それ以前に西川たつの芸を評価するほどの素養がある訳もなかった。しかし、百閒の文章を読んだときに、高座の上で「これ、たぬき」などと演じていた西川たつが老境にあっても色の白い端正な容貌の女性であったと思い出したのである。相鉄演芸場の思い出は、そういういわけで、五代目の古今亭志ん生よりも、五代目柳家小さんよりも、西川たつの思い出につながるのである。
 
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