シャーロック・ホームズの祖母

12月14日(土)晴れ

 11月27日付の当ブログ「日記抄(11月20日~27日)』の11月22日の項で触れたように、モールス・ルブランの原作を佐藤若菜さんが翻訳・解説した『フランス語で読むアルセーヌ・ルパン 対訳 ルパンの逮捕・遅すぎたホームズ』を読んでいる。

 まだ、読み終えていないのだが、解説の方は既に読んでいて、その中で佐藤さんが「歴史的にも人間のタイプとしても、フランス人に相対する存在として取り上げられることの多いイギリス人ですが、本作でも『ルパン対ホームズ』の裏にちらほら『フランス人対イギリス人』の構図が見え隠れしています。原文では、ホームズのことを名前でなくl'Anglais (イギリス人)と表現している個所が多々あります。良くも悪くも『イギリス人らしさ』を凝縮したような人物像のホームズを通じて、イギリス人全体をちょっと揶揄しているような作者の意図が感じられます」(175ページ)と書いているのは、ホームズの愛読者ならばちょっと気にしてもよい個所ではないかと思った。

 イギリス人とひとくくりにしても、イングランド人、スコットランド人、ウェールズ人、それにアイルランド人が含まれているのだから、その民族性をひとまとめにして論じるのは性急であるというような議論(あるいは民族性というものがそれほどはっきり断言できるものか)という議論はさておいても、ルブランがホームズをイギリス人の典型として描き、佐藤さんがそれをそのまま受け取っているとすれば、ホームズをきちんと読んでいないということになると思うのである。

 というのは、『回想のシャーロック・ホームズ』(深町眞理子訳、創元推理文庫)の中に収められている「ギリシア語通訳」のなかでホームズは彼の観察力と推理力が遺伝によるもの、たぶん祖母から受け継いだものだと述べ、「祖母は、フランスの画家ヴェルネの妹に当たるんだ。芸術家の血というのは、とかく非常に変わったかたちであらわれるものだからね」(307ページ)と述べている。そしてこの血は、彼の兄のマイクロフトにも流れているというところから、話が別の方向に向かっていく。

 ヴェルネ(Vernet)はクロード・ジョセフ(1714-1789)、アントワーヌ・シャルル・オラース(カルル)(1758-1835)、エミール・ジャン=オラース(1789-1863)と三代続いたフランスの画家の家系で、祖父と父は風景画を、孫はオリエンタリズムの濃厚な絵を描いたそうである。ホームズが活躍したのは19世紀の終わりごろなので、おそらく祖母の兄というのはエミール・ジャン=オラースが念頭にあったのだと思われる。ホームズの発言は、祖母が画家の妹だったということよりも、画家の家系の遺伝子をもっていたというところを強調しているようである。

 なお『シャーロック・ホームズの生還』(阿部知二訳、創元推理文庫)の中に収められている「ノーウッドの建築業者」のなかで、ホームズの遠縁にあたるヴァーナーという若い医師がワトスンの開業医としての地盤を買い取ってくれた(実はホームズがその資金を調達していた)ことから、2人がまたベーカー街で起居を共にすることになったと記されている。VernerとVernetとはよく似ていて、ホームズの祖母の一族が英国に移住してVernerと名乗ることにしたのかもしれないという推測も可能である。

 またホームズはアメリカやフランスの探偵たちの仕事に興味を寄せ、助言したり励ましたりしている。彼は国家とヴィクトリア女王の危機には進んで立ち向かう愛国者ではあったが、その愛国心は偏狭なものではなかったし、彼の敵意は外国にではなく、悪に向けられていたのである。ホームズの最大のライヴァルが英国人のモリアーティ教授であったことを思い出せばこれは分かることであろう。

 以上、ホームズの愛読者ならばだれでも知っているようなことではあるが、ルパンとホームズの対立についてホームズの側から少し書いてみた。
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