ファブリツィオ・グラッセッリ『イタリアワイン㊙ファイル』

11月23日(土)晴れ

 ファブリツィオ・グラッセッリ『イタリアワイン㊙ファイル 日本人が飲むべき100本』(文春新書)を読み終える。副題を見ていると、イタリアワイン100本を選んでその理由を書いたワインのガイドのように思われるが、1955年生まれで1990年代に来日し、本業の建築に加えてイタリア語とイタリア文化の紹介に活躍してきた著者によるイタリアのワイン文化の紹介書として読まれるべきであろうと思う。

 ワインはさまざまなアルコール飲料のなかで特別な飲み物であり、イタリアはそのワインにとって特別の国であると著者は断言している。その主張を展開しているのが「プロローグ ワインとは『愛』であり『友情』である」である。ワインは古代ギリシャと古代ローマ文明が交わるところから生み出された、偉大な文化の賜物である。ワインは古代ローマ文明が今日に残した多くの遺産のなかでも重要なもののひとつである。古代ローマ帝国においてワインは日常的な飲み物となった。そしてその時代から今日に至るまで、中断されることなくワインをつくり続けてきたのはイタリアの地だけである。イタリアでは南北を問わず、各地にさまざまな品種のブドウが自生し、また栽培され、多様なワインが造られてきている。そのようなワインを理解し、楽しんで飲むためには、イタリアのワインをめぐる文化と伝統についての知識と理解が必要であると著者は書き起こす。

 第1章「かつてワインは「親父の味」だった」では、50年ほど以前までのイタリアにおけるワイン造りとその消費について回想されている。その頃ワインは造られた土地で造られてから1~2年のうちに飲まれるものであり、よその土地のワインを飲むというのはめったにないことであったという。多くの農家が自分のぶどう畑をもち、自分でワインを造っていた。ぶどうの収穫とワイン造りが農家のカレンダーのなかで重要な役割を演じていた(日本のコメ作りと似ているところがある)。

 自分たちでワインを造ることのできない人たちのためにはオステリアという一種の大衆酒場が開かれていた。伝統的なオステリアは男たちのたまり場であり、ワインを小売りする酒屋としての役割も持っていた。ところがテレビの出現をはじめとする生活様式の変化によってオステリアは形を変えてバールになったり、廃業したりしていった。また、オステリアとは別に地方自治体や、地区の住民たちによって自主的に運営・管理されているカ―サ・デル・ポポロあるいはチルコロと呼ばれる一種の厚生施設があった。ここでも人々がワインを飲んだり、政治的な討論をしたりしていたが、人々の社会的な改装意識や連帯感が薄くなるにつれて、次第に減少してきているという。

 第2章「イタリアの『ぶどうの貴族』たち」では第1章のような普通に飲まれているワインとは違う、特別な伝統をもつぶどうとワインが紹介されている。北イタリアではネッビオーロ種のブドウが栽培され、さまざまなワインが醸造されてきた。中北部ではサン・ジョヴェーゼ種のぶどうが栽培されている。19世紀の半ばにイタリア王国が誕生したときに、この品種から造られた赤ワインがキャンティと名づけられ、食文化の上で国民を統合する象徴的な存在としてその生産が奨励されてきた経緯がある。北イタリアの出身である著者はその洗練の過程を評価する一方で、フランスの貴族⇒ブルジョア階級の「好み」によって生まれ、その後英国に波及し、近年はアメリカの人々を対象にした「マーケティング」の結果できあがったワインの味に対する価値観がイタリアワインの個性を押し殺そうとしていることに批判的であり、トスカーナのワインがその本来の個性を取り戻そうとする動きを歓迎している。さらに南イタリアの古いワイン造りの伝統が復興しはじめていることについても好意的に触れている。「わたしたちは、古くから伝えられてきたワインの味やワイン造りの手法を見直し、今、それを守っていこうとしている、小さくても良心的な生産者を応援し、イタリアワインの世界における『伝統回帰』の傾向を支援したいものだ」(77ページ)といい、「有名な」ワインより「個性的な」ワインを飲むべきであると主張している。

 第3章「ワインと郷土料理は『兄弟』として生まれてきた」では、イタリアのワインと伝統料理がそれぞれの土地のなかで、「一緒に生まれてきた」ものであることが力説されている。歴史的にも地理的にも、イタリアの各地方は強い独自性をもっている一方で、古代ローマからの伝統を共有している。種類の違いはあってもオリーブオイルや、パン、ワインは共通のものである。イタリア各地の料理にはもともとメニューというものは存在せず、コースという概念もなかった。だから料理もワインも、もっと自由に常識にとらわれずに楽しんで良い。「大切なのは、いつも好奇心を持ち、常に研究と実地の体験を重ねていくこと」(98ページ)であると著者は助言する。

 第4章「ワインの『グローバル化』と巨大金融資本の暗躍」では現代のワインをめぐる基準が19世紀にフランスで進行したホテル、レストラン文化の発展に起源を持つものであると論じられる。この時代に近代的なフランス料理というものが確立し、それとセットになって近代フランスのブルジョアの好みに合った「近代的なワイン」というものが誕生した。そしてその後のフランスにおけるぶどう作りとワイン造りの技術革新が世界各地に普及し、「グローバル・スタンダード」となっていった。

 もともと多様な伝統を持っていたイタリアのワイン造りは1960年代から70年代にかけて、イタリアが(日本と同様に)高度経済成長期を過ごす中で、就業構造が大きく変化し、伝統的なワイン造りを続けてきた農家が姿を消し、大量生産されたワインが消費されるようになった。このような暗黒時代を過ぎて、1980年代に入りイタリアワインはルネサンスを迎えることになる。革新的な生産者たちが新しい努力と伝統への回帰を組み合わせて「グローバル化していないワイン」を造って、グローバルな市場に挑戦しようとしている。ワイン市場は巨大金融資本と結びついたワインの「多国籍産業」に強く影響されている。その中で真に個性的なワインを造ろうとしている小規模な業者の活躍が期待されるのである。

 第5章「イタリアワインの新しい波」では第4章で言及されたローカルで個性的なワイン造りの取り組みが紹介されている。伝統と革新をどのように組み合わせてワインを生み出すかが若い世代の課題となっている。最近は若い世代、特に女性の活躍が目立っている。女性のワイン愛好家が増えていることがこの傾向を後押ししている。

 第6章「日本人のイタリアワイン選びは間違いだらけ!」では業者の側の不勉強・無知と消費者の側の権威主義がこの間違いを生みだしていることを明らかにする。第7章「どこで買う? どう保存する? どうやって飲む?」と第8章「『イタリアワインの深い森』の歩き方」はイタリアワインを楽しんで飲むための日本の消費者への具体的な助言である。

 高価なワインや評論家によって高い評価を与えられたワインを選んで飲むのではなく、自分自身でさまざまな料理とワインを楽しみながら、その個性を見分けられるように努力すべきであると著者は主張する。「深い森」がダンテの『神曲』の冒頭部分を連想させるというように、イタリアワインの世界は文化の一部であり、他の部分と切り離されられない性格を持っている。著者は日本と日本酒の例を引き合いに出したりして、分かりやすく問題を明らかにしている。この書物を通じて得られる知識や理解がワインへの嗜好を豊かにすることは確かだが、なかなか著者の勧めるような経験ができないことも否定できないのは残念な(要するにつね日ごろワインを楽しむほど、懐が豊かではないという)ことである。 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR