ウィルキー・コリンズ『月長石』(16)

11月21日(木)晴れ

 前回(11月13日)で「第1期 ダイヤモンドの紛失(1848年)」が終わった。この部分はそのすべてがヴェリンダー卿夫人の執事であるガブリエル・ベタレッジの手記から構成されていた。これから始まる「第2期 真相の発見(1848-49年)」は7人の人物による8つの語り(narratives)から構成されている。この部分の途中で犯人がわかッてしまうので、全部は紹介しないことにするつもりである。

 第2期の最初の語りはヴェリンダー卿夫人の故人になった夫であるジョン・ヴェリンダー卿の姪であるドルシーラ・クラックによるものである。彼女のいうところでは、執筆時点で結婚してフランスのブルターニュ地方に住んでいるとのことであるが、なぜかミスと呼ばれている。

 既に紹介してきたベタレッジの手記のなかでは、レイチェルの誕生祝いの席でゴドフリー・エーブルホワイトと隣り合わせて座っていた親せき筋の婦人(a member of family)で、ゴドフリーが関係する慈善事業の委員会の委員であり、「信仰心に厚く、鎖骨がひどく目立ち、シャンパンがお好きのようで」(中村訳113ページ、ペンギン版では76ページ)と書かれている。このときゴドフリーはレイチェルに求婚を拒絶されたためであろうか、雄弁家として知られるのに隣同士で霊的な会話に没頭するだけであり、フランクリンはなぜか場違いな雄弁をふるっていたのである。

 彼女はベタレッジの手記ではもう1か所、ヴェリンダー卿夫人とレイチェルがロンドンについたことを知らせるペネロープの手紙のなかでクラックがヴェリンダー卿夫人を訪問してこないが、例によってしがみついてくるだろうと書いている部分に登場している。以上のことから、彼女が上流に属する一族のなかで零落してもてあましものになった存在であり、狂信的なほどのキリスト教信者であり、ゴドフリーと慈善事業を通じてつながりをもっていることがわかる。

 クラックの語りは『月長石』一編のなかで最も面白く読めるものである。語りは独善的、主観的、正しいキリスト教徒である自分が周囲の迫害にあって冷遇されているという被害妄想に満ちている。ベタレッジが彼女を語る筆遣いは冷笑的ではあるがそれほど悪意をもっているようには思えないのに対し、彼女はベタレッジを「異教徒(heathen)」とののしっている。これは彼の娘のペネロープに冷たい対応をされていたのを恨んでのことらしい(自分自身で思っているほど、他人に対して愛の気持ちをもって寛容に接しているわけではないのである)。

 1848年7月3日(月)――本当に月曜日かどうかはわからないので、興味のある方はご自分で確かめてください――彼女はモンタギュー・スクエア(Montagu Square)にある叔母の家の前を偶然通りかかる(ペネロープの目から見ると、意図してやってきた)。伝統的に英国の地方地主はその本拠となる邸宅(カントリー・ハウス)の他に冬の社交シーズンにロンドンにやってきて暮らすための家(タウン・ハウス)をもっていた。ヴェリンダー卿夫人の家というのはこのタウン・ハウスの方である。モンタギュー・スクエアという地名はロンドンのSE(南東部)に実在するが、コリンズが念頭においていたのがこの場所であったと考える必要はないのではなかろうか。eがあるか、ないかの違いはあるが、大英博物館に接するモンタギュー・ストリート(Montague Street)のあたりと考えてもよかろうと勝手に考えている。なお、ホームズものの短編「マズグレーヴ家の儀式書」のなかで、ホームズが以前「モンタギュー街に下宿していた」と語っていることも思い出されてよい。

 ヴェリンダー卿夫人の邸で取次に出たのはペネロープで(クラックはその名前を記していない)、よく7月4日の2時に昼食に来てほしいという卿夫人の意向を伝える。その夜、「母の不用服活用協会(Mothers-Small-Cloghes-Conversion Society)」の委員会に出席する。「このすばらしい慈善団体の目的は・・・質屋から受けだせない父親のズボンを受けだし、罪のない息子に合うように、ただちにそのズボンを短く切り、それがふたたび救いがたい父親の手に帰するのを防ぐこと」(321ページ)である。本人は大まじめかもしれないが、吹き出したくなるほどばかばかしい団体である。ところが、出席するはずのゴドフリーがいないことに気づく。彼女は知らなかったが、前の週の金曜日である6月30日に起きた事件のためにゴドフリーは出席できなかったのである。

 この日、2人の社会的な地位のひどく違った人物――ランベスに住むセプティマス・ルーカーとゴドフリーがおそらく同じ人物によって、同じような状況で、しかし別の場所で襲われたのである。この日、2人はロンバード街のある銀行で出会う。クラックはたまたまドアのところでどちらが先に利用するかをめぐってのやりとりがあっただけだと記している。ロンバード街はロンドンに実在する銀行街である。その後、自宅に戻ったゴドフリーはある少年に託された未知の老婦人からの慈善事業に協力したいという手紙を受け取る。それでゴドフリーはストランドのノーサンバランド街の指定された家に向かう。部屋に案内されて相手を待っていると突然2人の男に取り押さえられて、もう1人の男から身体検査を受ける。3人が立ち去った後、縛られた姿で発見されたゴドフリーは家の持ち主からこの部屋は3人の東洋の貴族が借りていたと告げる。3人は立ち去ったが、ゴドフリーの持ち物も、家主の所有物もなにひとつ持ち去られていなかった。彼らは自分たちのたずさえてきた古文書だけをもって去っていったのである。

 ノーサンバランド街はチャリング・クロスの駅の近くに実在する。またホームズものに話が及ぶのだが、『バスカヴィル家の犬』でヘンリー・バスカヴィル卿とモーティモア医師が泊まっているホテルがノーサンバランド・ホテルで、ノーサンバランド街にあるホテルらしい。その後、ホームズはカートライト少年にチャリング・クロス周辺のホテルのくずかごで切りぬかれた新聞を探すようにと指示している。

 一方、ルーカーはある少年がおいていったという手紙を受け取り、トテナムコート路のアルフレッド・プレースに来てほしいといわれる。そこでゴドフリーと同じような目に会うが、彼は銀行に預けた貴重品の預かり証を奪われる。しかし、その後、銀行にその預かり証をもって現れた人物はまだいない。トテナムコート路はロンドンを南北に走る重要な道路の1つであり、アルフレッド・プレースもブルームズベリーに実在する地名である。トテナムコートロードは、私の記憶する限りホームズの「青いガーネット」と「赤い輪」でも事件に関連して登場する。インド人たちがふたたび姿を現し、ルーカーが事件に絡んで登場するだろうというカッフの予言をクラックは知らないが、読者は思い出してもよい展開である。
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