杉浦茂『怪星ガイガー 八百八狸』

11月16日(日)晴れ、20:44頃震度4の地震に見舞われる。

 横浜駅西口のヨドバシカメラの6階のコミックスの売り場はなかなか充実している。ここで青林工藝舎から出ている『杉浦茂傑作選集』を見つけたので、おいおい買い揃えていこうと思っている。13日に第1巻の『怪星ガイガー 八百八狸』を買ってきて、その日のうちに読んだ。杉浦茂(1908-2000)の作品については1987年から1988年にかけてペップ出版から『杉浦茂ワンダーランド』、1993年から1996年にかけて筑摩書房から『杉浦茂マンガ館』、そして2006年に青林工藝社から『杉浦茂傑作選集』(特装版)が編集・出版されており、今回入手したものは青林工藝舎版の普及版である。この他に河出文庫からも彼の作品が復刻・出版されている。ここに収められている「怪星ガイガー」は『マンガ館』に、「八百八狸」は『ワンダーランド』にも入っていたと記憶するが、記憶しているものと微妙に違うところがある。青林工藝舎版の「怪星ガイガー」は発見された原稿をもとにしているとうたわれており、『マンガ館』の方は杉浦があとで手を加えたものであったらしい。原稿が散逸しがちであったこともあり、杉浦は過去の作品を何度も書き直していたという話である。

 マンガについて紹介する際には、やはり画像を使う方がよいし、杉浦の作品を批評するのは至難の業である。だから批評というよりも、雑文という感じで書いていこうと思う。以前にも書いたように、管理人の自称「たんめん老人」は杉浦のマンガ『猿飛佐助』に登場する中国の忍術使い「やきそば老人」をアレンジしたものである。わたしが小学校に入学する以前から卒業するころにかけては杉浦の全盛時代であり、彼の作品をよく読んだものである。しかし、今わたしが杉浦の作品にこだわるのは、郷愁だけからではない。「やきそば老人」の他にも「やきぶたにいちゃん」というのがいたと思うし、『猿飛』の別の場面では、「コロッケごえんのすけ」というような徳川方の忍者が登場する。名前の付け方に昭和20年代の子どもたちの周囲にあった生活の匂いがあり、その一方で謎の地下室から続いている地下道を進んでいくとアフリカに到着してしまうというような想像力の飛躍がある。そのギャップが魅力の一つではないかと思う。

 杉浦は『のらくろ』で知られる田河水泡(1899-1989)の「一番弟子」である。田河の弟子としてよりよく知られているのは『あんみつ姫』や『てんてん娘』などで戦後活躍した倉金章介(1914-1973)と長谷川町子(1920-1992)で、杉浦はやや異色でもあり、田河とは距離が感じられる。若い2人は内弟子として田河のもとで生活した時期があるが、杉浦は通いであった。年齢的に見ても杉浦からは師である田河の方が三番弟子の長谷川よりも接近していて、弟子というよりも身内とか弟分という感じである。さらに倉金と長谷川がはじめから漫画家志望であったのに対し、杉浦はもともと画家を志望しており、同じように画家を志していたが、マンガ家に転向した田河に親近感を抱いてその門をたたいたという経緯がある。杉浦自身、倉金と長谷川に比べるとマンガについての情熱は不足していたと回想しているが、それでもアメリカン・コミックスや西部劇などの影響は杉浦にもっとも強く感じられる。そういう新しい要素が知らず知らずのうちに彼の想像力の中に浸透していたのは、彼が東京の下町育ち(湯島の生まれ)であったからであろう。

 秋田書店の『漫画王』1955年新年号の別冊付録として描かれた「怪星ガイガー」では少年科学者のロケット・ボーイが怪しい星を見つけるが、そのことで何者かから研究を続けるなという脅迫を受ける。ロケット・ボーイは脅迫者を追跡し、助手のだるちゃんから話を聞いた新聞記者たちが事件に勝手に尾ひれをつけて「怪星ガイガー」について報道する。主人公とその助手をはじめとする子どもたちと宇宙人、その手先となっている「あくまはかせ」とが入り乱れての冒険が展開される。

 少年画報社の『少年画報』1955年3月号の別冊付録として描かれた『八百八狸』は時代ものであり、民話的な背景のなかで豪傑の武勇伝が語られる。広島からかなり離れた小さな村に生まれた平太郎という男の子は子どものころから力が強く、父母に死に別れた後に仙人のもとで修業を積む。その頃、広島近辺では刑部たぬきという古だぬきを首領とする狸たちが人を化かしたり、食べ物を盗んだりと悪さの限りを尽くしていたが、平太郎は広島の殿さまの家来となって刑部たぬきを退治に出かける。

 一方が空想科学もの、他方が時代ものということになろうが、両作品とも杉浦流の奔放なひねりが加えられ、物語の展開、登場人物の姿、ネームなどそれぞれが独特なものである。杉浦のマンガにはシュールなとか、ナンセンスとかいったカタカナ言葉の形容がしばしば与えられてきたのだが、特に「八百八狸」を通しては、民族的・伝統的な側面もあって、古い笑いに結びつく面もあることに気づかされる。ただ、既に読んだ記憶が残っていることもあってか、ハッとするようなギャグの炸裂に出逢わなかったのが残念ではある。
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