ウィルキー・コリンズ『月長石』(15)

11月13日(水)晴れ

 インドの寺院の神の像を飾っていた月長石と呼ばれるダイヤモンドは残虐非道な軍人であるハーンカッスル大佐の手で略奪され、英国に持ち込まれたが、その宝石を守る使命を課せられた3人のインド人の姿が彼の周辺に見え隠れしていた。大佐の遺言で彼の姪にあたるヴェリンダー家の令嬢レイチェルに贈られた宝石は、彼女の18歳の誕生祝いの翌朝、忽然と消失していた。宝石のゆくえを探るために雇われたロンドン警察のカッフ部長刑事は、借金を抱えたレイチェルが、前科をもつ使用人であるロザンナ・スピアマンの助けを借りて宝石を隠したのではないかと疑うが、ヴェリンダー夫人はその推理を受け入れない。カッフはレイチェルに事件について問いただすことを提案し、ヴェリンダー夫人が伯母のもとに身を寄せているレイチェルのところに出かけることになる。

 ダイヤモンドの紛失について語るヴェリンダー家の執事執事ガブリエル・ベタレッジの長大な手記はいよいよ終わりに近づく(断わっておくが、この手記に続けて、真相の発見にかかわる多くの証言がさらに続く)。ヴェリンダー夫人を見送った後、カッフは落ち着き払って自分の趣味であるバラのことに思いを巡らせているが、ハーンカッスル大佐の遺言を守り、宝石をヴェリンダー邸に持ち込んだだけでなく、紛失後カッフを呼び寄せることを提案したフランクリンは邸を去る決心をしている。彼はヴェリンダー夫人の甥(レイチェルの従兄)であるとともに、レイチェルの求婚者であるが、宝石の紛失をきっかけとしてレイチェルの態度が急に冷たくなり、邸の下働きの女中であるロザンナが姿を消し、おそらくは自殺したことに自分が責任があることですっかり気を滅入らせている。彼はとにかくヴェリンダー夫人がどのような回答をもたらすかがわかるまで出発を遅らせようという。

 戻ってきた馬車にヴェリンダー夫人の姿はなく、彼女は娘とともにロンドンに向かうと伝言してきた。彼女ががベタレッジにあてて書いた手紙によると、レイチェルはロザンナと口を利いたこともなく、事件の後も全く接触していない。彼女には借金はないし、宝石も手元にない。彼女は何かを隠そうとして黙っているが、それについては母親にも今のところ打ち明けるつもりがないという。カッフの推理は誤解に基づくものであり、事件の捜索には役立たなかった。

 事件から手を引くことになり、ヴェリンダー夫人からの小切手を受け取ったカッフは事件についてはこれ以上述べることは控えておくが、過分の報酬をもらった以上、また機会があれば役に立ちたいという。「奥さまは、今のところ、しごく、賢明に、事態をまるくおさめられたよ。しかし、この家庭内の事件は、まったく思いがけないときに再燃する種類のものだ。月長石がながい月日の齢を重ねないうちに、もう一度この調査を手がけることになるだろう」(中村訳、創元推理文庫版、291-2ページ)。

 ヴェリンダー夫人に忠実であり、彼女の配慮で事件はおさまったと信じているベタレッジはカッフの意見に承服しないが、カッフは事件をめぐりこれから起きるであろう出来事を3つ予言する。第1はロザンナの手紙を受け取ったヨーランド家の人たちから何か知らせがあるだろうというものである。第2は3人のインド人たちの噂をもう一度耳にすることがあるだろうという。第3はロザンナが泥棒をしていた時の知り合いであるロンドンの金貸しのルーカーについて耳にすることがあるだろうというものである。ベタレッジは彼の推理同様に予言も信じたくないのだが、なぜかカッフを好きにならざるを得ないという二律背反的な気持ちを感じる。

 ヴェリンダー夫人はフランクリンにあてた手紙も書いていて、レイチェルをロンドンに連れて行って医者に見せること、彼女が落ち着くまでフランクリンは接触しないでほしいと頼んできた。レイチェルの異常な状態にフランクリンは責任があるというのである。

 この手紙を読んでフランクリンは大きな衝撃を受ける。彼がレイチェルを心から愛していることを知っているベタレッジは彼に同情する。フランクリンは自分がダイヤモンドをもちこんだことで、ヴェリンダー家の雰囲気を一変させてしまったことを後悔し、「月長石は、大佐の復讐をりっぱに果たしたんだよ」(300ページ)という。彼は失意のまま旅立っていく。

 あくる日、ベタレッジはヴェリンダー夫人からの指示を受け取る。夫人とレイチェルはそのままロンドンの邸に向かい、そこで生活することになり、ベタレッジの娘のペネロープをはじめとする一部の使用人たちはロンドンに赴くことになる。

 ペネロープたち使用人と荷物を見送ったベタレッジは漁師(カッフのいっていたヨーランド家)の娘で足の不自由なルーシーに呼び止められる。彼女はロザンナからフランクリンにあてた手紙をもってきたという。彼女はロザンナがフランクリンのために死んだといい、自分から直接に手渡すのでなければ手紙は手放せない、手紙が欲しかったらコブズホールにやってきて自分から受け取れと云い捨てて戻っていく。

 ベタレッジはヴェリンダー夫人とレイチェルが無事ロンドンに到着したことをペネロープからの手紙で、フランクリンが海外に旅立ったことをその父親からの手紙で知らされる。これでフランクリンがロザンナの手紙を受け取る機会は遠のいてしまったのである。ロンドンでレイチェルは気晴らしに興じ、もう1人の従兄で求婚者でもあるゴドフリーとのよりを戻しはじめているが、ヴェリンダー夫人の方が元気がない様子である。故人となったヴェリンダー卿の姪で生活に困っているクラック嬢がいずれ訪ねてくるのではないかと思われている。

 そしてベタレッジはカッフからの手紙を受け取る。同封されている新聞によると金貸しのルーカーが3人のインド人たちに付きまとわれて悩まされていると治安判事に訴えたというのである。カッフの3つの予言がすべて1週間足らずのうちにすべて成就してしまった。事件ははたしてどのような展開をたどるのか、結末まで知っているはずのベタレッジはすべてを語らぬままに、次の語り手にバトンを渡そうとする。

 ベタレッジは『ロビンソン・クルーソー』を教訓書として読む、ある意味で世故にたけた人物であり、この次に証言者となるクラック嬢に言わせれば「異教徒」であるが、コミック・リリーフの役割も演じていて、彼なりに複雑な人物なのである。今後の証言者によって、事件のさらなる展開とともに、ベタレッジが語った出来事についても別の角度から照明があてられる。物語はますます複雑で、思いがけない展開をたどることになる。
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