野中惠子『ゲセル王物語――モンゴルの英雄譚』

11月4日(月)雨が降ったりやんだり

 昨夜、野中惠子『ゲセル王物語――モンゴルの英雄譚』(彩流社)を読み終えた。10月17日に横浜シネマ・ベティで大谷寿一監督のドキュメンタリー映画『チベット 天空の英雄 ケサル大王』を見た際に、館内の売店で購入していたのである。

 チベットではケサル、モンゴルではゲセルと呼ばれ英雄を歌った叙事詩は、現在でも140名あまりのケサル吟唱詩人たち(チベット、モンゴル・・・)によって(それぞれによる新たな創作を加えられながら)歌い継がれている叙事詩であり、こういう例は現代では他であまり見られないものであるという。

 京都で過ごした学生時代、中国語をかじっていたことは以前にも書いたことがあるが、その勢いで当時荒神口近くの河原町通りに面して店を構えていた極東書店(東方書店と分離する前で、中国書籍も扱っていた)だったか、川端通りに面した大安によく出かけては中国の本を眺めていた。その中に『格薩尓』(薩の字は簡体字である)という背文字の本があり、何の本かよくわからなかったが、挿絵を見ると面白そうなので、興味をもった。懐が豊かではなかったし、2から4までで、1がなかったので買わずにいたが、これが何の本であるのかずっと興味を持ち続けていた。後に、石田英一郎の『河童駒引考』を読んでいて、<ガッサール汗物語≫についての言及に出会い、ああ、この物語の中国語訳なのかと気づいた。それから20年ほどして、筑摩書房から君島久子さんの手で『ケサル大王物語――幻のチベット英雄伝』が発行され、やっとこの物語の概要に接することができた。君島さんが岩波少年文庫のためにまとめた『西遊記』は開高健が激賞しており、この『ケサル』もおそらくは中国語からの重訳であろうが、読みやすかった。その後、若松寛さんにより平凡社の東洋文庫から『ゲセル・ハーン物語――モンゴル英雄叙事詩』が翻訳・刊行された。この書物は手に入れたが、あまり読みやすくなかったので書架におかれたままになっている。

 なぜこんなことを書いたかというと、野中さんの「あとがき」はかなり詳しく書かれているが、日本でのこの英雄叙事詩の紹介・翻訳については遺漏があると思われたからである。その点には不満があるのだが、野中さんのこの書物は読みやすく、トゥルブラム・サンダグドルジさんによるモンゴル切り絵も物語の雰囲気を伝えるのに効果的であると書いておきたい。

 神々の父であるコルマツダ神がシュメール山から、仏陀のもとに降りてくると、仏陀はこれから500年は平和な時代が続くので愉快に遊び暮らしてよいが、そのあとで悪い時代がやってきて、地上に争いが絶えなくなる。そのときがきたら、自分の3人の息子のうちの1人を地上に遣わし、人間の姿に身を変えて各地の悪を退治させ、人々の心に喜びを取り戻すようにせよと命じる。ところが、コルマツダ神は500年どころか700年にわたり遊び暮らしてしまったので、異変に出会い、やっと仏陀の命令を思い出す。そこで3人の息子に仏陀の命令を伝えると、彼らは辞退し合うが、結局最も武勇に秀でた3男のタグスが地上に降りることになり、父であるコルマツダ神にさまざまな配慮を約束させたうえで、天をあとにする。

 そのころチベットにはトゥッサの王で善良なサングラン、リク族の王でよこしまなチョトゥンの2人の優者がいた。2人は隣国バヤンを攻略し、チョトゥンは山分けにすると約束した家畜や土地を全部自分のものにしてしまったが、サングランは美しい娘アミルタシーラを引き取ることになった。その美しさをねたんだチョトゥンは2人を追放してしまう。2人からジョルと呼ばれる異形の息子が生まれる。このジョルがタグスの生まれ変わりである。彼は父母に豊かな富をもたらし、やがてチベットの隣国の王女ロクモへの求婚をめぐり大活躍の末、その本当の姿を現し、ゲセルと名乗る。彼は中国の皇帝の気の病を治し、その王女を第二の妃とするが、この王女にチョトゥンが想いを寄せ、悪だくみを巡らす。物語はさらなる波乱を語ることになる。

 ところどころ『ラーマーヤナ』や『オデュッセイア』を思い出させるような挿話を含みながら、物語が展開されていくが、これらの物語よりも魔術の果たす役割が大きくなっているのが特徴的である。「魔法の矢が、矢筒から飛び出してきました。羽根を広げると、それは、いかにも心地よさそうな寝椅子になりました。ロクモはそれに座って、チャトゥン川に運ばれていきました」(153-4ページ)というような調子である。君島さんの本が伝えていた冒険はほとんど記憶していないのだが、今度また読み比べてみようと思う。

 わたしがこの英雄伝説を知ったのは中国語への翻訳を通じてであったが、現在の中国はチベット族に対する同化政策を推進し、学校でチベット族の独自の文化を教えさせようとしていないことを大谷さんの映画は伝えている。また、文化大革命時代の民族の伝統文化への破壊の激しさについても映画は触れていた。そのような文化の中心がケサルの伝説なのである。『ラーマーヤナ』がインドだけでなく、南アジア、東南アジアにも伝播してさまざまな物語を生みだしているのと同様に、この物語も中央アジアに広がってさまざまな変形を生みだし、芸術的な創造の源泉となっていることを考えると、一方でチベットやモンゴルでの民衆の文化活動と、他方で中国の少数民族の文化に対する政策のゆくえが気になるところである。
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