宇治拾遺物語(5)

11月1日(金)晴れ

 NHKカルチャーラジオ「文学の世界」『むかしがたりの楽しみ 宇治拾遺物語』(講師:伊東玉美白百合女子大学教授)第5回「冒頭説話のはぐらかし」の再放送を聴く(昨日の放送を聴き逃したのである)。今回はこの説話集の第1話:「道命阿闍梨、和泉式部の許に於いて読経し五条の道祖神聴聞の事」と第2話:「丹波国篠村に平茸生ふる事」について取り上げた。

 講師が説くように、この2つの説話はどうも奇妙であいまいな展開を遂げる。第1話について言うと、藤原道綱(藤原道長の異母兄弟で、『かげろふの日記』の作者の息子)の子で好色の僧という評判のあった道命阿闍梨は和泉式部と愛人関係にあったが、彼女の許に通った夜、ふと目が覚めて法華経を心を澄ませて読む。8巻全部を読んで、明け方にまどろもうかという自分に人の気配がしたので、誰かと問うと、「わたしは五条西洞院のあたりにおります翁でございます」と答える。そしてあなたが読経されるのを今晩拝聴したことは生まれ変わり死に変わりしても忘れられないことだという。

 道命が自分はいつも法華経を読んでいるというと、あなたが潔斎をした状態でお経を読んでいるときは梵天、帝釈をはじめとして多くの尊い神様たちが聴聞されているので席が空いていないが、こんばんは行水もなされずに読経なさったので、えらい神様たちはおいでにならず、おかげで席が空いて自分のような身分の低い神が読経を拝聴できたという。読経の素晴らしさを褒められているようでもあり、道命が僧侶として守るべき戒律を守っていないことを暗にとがめられているようでもある。編者は恵心僧都源信の「念仏、読経の際に戒律を破ってはいけない」という言葉を結びに引用しているが、何となくわかったようなわからないような気分が残ってしまう。

 伊東さんによると、道命阿闍梨と和泉式部の恋愛関係は説話集にしばしば取り上げられる有名なものだそうである。そういう人物をちらっとしか登場させていないところにもこの説話の特色がある。説話の主人公は意外にも身分の低い神である道祖神であった。道祖神は旅の神、村を疫病から守る神、あるいは生殖の神として庶民に祀られている神である。多くの説話集が冒頭に性的な話題の説話を取り上げている。『宇治拾遺物語』の第1話も、こうした伝統を踏まえているが、「和泉式部が出てきたと思ったら、重要なのは彼女ではなく、身分の低いおじいさん姿のぱっとしない神様で、その口から、尊くも格好悪くもある話を聞く――『宇治拾遺物語』はこのような、複雑な味わいの説話からスタート」(56ページ)するのである。

 第2話は丹波国篠山(現在の京都府亀岡市の一部)には毎年平茸が多くはえた。土地の人はこれをとって人に贈ったり、自分で食べたりしていたが、ある年、村の有力者の夢に「頭おつかみなる法師ども(=髪が少し伸びた法師たち)」が20~30人出てきて、「申し上げることがございます」という。私どもは長年ここで奉公してきたが、村との縁が尽きて、他へ引っ越すことになった。残念でもあり、事情を言わずにいなくなるのも無礼だと思ったので、あいさつに来たという。どうも不思議な夢だと思っていると、村の他の人も同じような夢を見たという。

 翌年、例年であればはえてくる時分なので山に入ってきのこを探したが、まるで見つからない。どうしたことかと村の皆が思って過ごしていたところ、今は亡き仲胤僧都という説法の名手が、このことを聞いて「これはどうしたことだろう。名利を求めて説法をした法師が、平茸に生まれ変わる、ということはあるのだが」といったという。仲胤は比叡山の僧で他の説話にも登場する、ユーモアたっぷりの説法の名手だったという。前世で仏教者として芳しくない行いをした僧が、次の世で動植物に生まれ変わってその罪を償うことがあるという発想自体は、当時広く行われており、仏教の書物にも類話がある。奇妙な話に接して、その彼が思わずまじめな知識を口にしてしまったと解釈できる。

 篠村の人々が見たのは平茸が引越しのあいさつに来た夢であった。仲胤が何げなく言った言葉から、村人たちは自分たちが長年食べてきたのは法師だったのかと思いいたったであろう。だから、もともと似た毒きのこがあって危険なものだから、かように気持ちの悪い話も聞いたことだし、この際平茸を食べるのはきっぱりやめておこうと京君のようなことを述べて第2話は終わる。

 第1話では源信という影響力のある僧の言葉が釈然としない思いとともに響き、第2話では仲胤が軽い気持ちで言ったことが、人々に甚大な心理的な影響を与えてしまう――はぐらかしやずれを楽しむこうした傾向は、『宇治拾遺物語』の全編に見いだされるという。編者がとぼけた味わいで語り進めていくところは、序文の語り口とも共通するものであるという。

 説話集というと仏教との結びつきとか、教訓ということをついつい考えてしまうのだが、もっとおおらかにはぐらかしやずれを楽しむ傾向が、少なくとも『宇治拾遺物語』には見られるという指摘には大いに啓発を受けたと思う。

 ところで、『宇治拾遺物語』の編者はもちろん知る由もなかったが、『太平記』にもあるように、丹波国篠村はその後、足利尊氏が北条氏に反旗を翻す決心を固めた場所である。そういう余計なことまで視野に入れると第2話は余計に面白くなってくるのではないかという気もする。

 最後に、全く別の話。平茸は今日シメジと呼ばれているキノコだと考えられているそうだ。ある短大で非常勤講師として教えていたころ、本務の大学で行った試験の答案用紙のあまりの裏を使って授業の感想を書かせたことがあった。感想を書いて時間が余ったのか、答案用紙の回答欄に①いちご、②にんじん、③さんま、④しめじ、⑤ご飯と書いた食い意地の張った女子学生がいた。現代の説話になるかなぁ。
 
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