保立道久『物語の中世 神話・説話・民話の歴史学』(3)

10月21日(月)晴れたり曇ったり

 保立道久『物語の中世 神話・説話・民話の歴史学』の第3部は「中世民話の世界」と題され、「御伽草子」の中から「桃太郎」「寝太郎」「はちかづき姫」の3人を主人公とする物語を取り上げて、それぞれの世界を解明しようとしている。(ただし、「桃太郎」は『御伽草子』には含まれていない。この論考ではそれに似たものとして「一寸法師」が取り上げられている。)

 第8章「腰袋と『桃太郎』」は絵画資料に現れる男の小物入れ=「腰袋」の画像を検討し、その仕組みや内容物を推定し、次いで、それを前提にして桃太郎の「お腰につけたキビダンゴ」の暗喩の説明、そして桃太郎伝説一般の解明を目指している。

 桃太郎はおばあさんに作ってもらったキビダンゴを腰につけて旅立った。絵本などでは桃太郎の腰に袋が描かれ、キビダンゴはそこに入っていることになっている。このような袋は「腰袋」と呼ばれ、桃太郎の民話を再検討する場合にもっとも着実なよりどころになるものであるという。中世末に日本を訪れた宣教師ルイス・フロイスは『ヨーロッパ文化と日本文化』の中で「袋はヨーロッパでは金銭を携行するのに使われる。日本では貴族や兵士のそれは香料や薬品、火打石を入れるのに使われる」(263ページ)と書いている。この中で最も重要なのは火打石であって、そのために腰袋は「火打袋」とも呼ばれていた。日本の腰袋は主として小物入れの役割を演じていたが、その中に貨幣を入れることがないわけではなかったという。ただ、多額の貨幣を入れることはその大きさから無理であった。「彼我の相違は、ヨーロッパの貴金属貨幣文化と日本の卑金属貨幣文化の相違全体の問題として、今後よりいっそう広い視野からとらえていかねばならないだろう」(302ページ)と著者は書いているが、卑金属貨幣文化は「日本の」というよりも「中国文化圏」のものではないか。

 さて、中世の腰袋・火打ち袋は一般に腰刀につけられるようになっている。腰刀は中世の成人男子の「身分標識」とも言えるような性格をもっている。だいたい南北朝時代ごろまでの腰刀は万能小刀、万能ナイフとして民衆の腰のあり方を特徴づけるものであった。これとは別に武士の場合は太刀を腰に帯び、その太刀に弦巻をつける。武士が腰袋をつけるのは隠居した場合である。しかしこのような習俗は中世後期になると変化していくという。

 桃太郎は腰袋の中にキビダンゴを入れているが、キビダンゴは民話の「猿蟹合戦」にも登場して、助太刀を頼む際の交換条件となっている。このことに着目して「猿蟹合戦」や「桃太郎」は「交換」ということの面白さを中心につくられた民話だと喝破したのは柳田国男であった。その一方で、桃太郎が腰袋の中に火打石も銭も入れていないことに桃太郎の卑賤で疎外された姿が描き出されていると保立さんは指摘している。その一方で桃太郎が太刀をもち、鬼ヶ島の征伐に出かけるところに、中世的な価値観の動揺の反映が見られるとも論じられ、さらにこの民話が桃の呪力についての民俗的な意識も反映していることが述べられている。さらに御伽草子の「一寸法師」との比較考察が展開されている。 

 第9章「『ものぐさ太郎』から『三年寝太郎』へ」は、この民話の原像には「嗜眠症」「癲癇」の病を負った独身の下人の境涯があったことを論じている。民話の「三年寝太郎」を紹介した後に、基本的に同じ話としてお伽草子の「ものぐさ太郎」を取り上げ、太郎が「ものくさ」から「まめ」に変身する謎に迫ろうとする。その中でこの民話には中世の下人たちの境遇をめぐる深刻な問題が秘められていると論じている。

 第10章「秘面の女と『鉢かづき』のテーマ」は「被衣」(かづき=マント)による中世女性の秘面の風習について、文学・絵画を主な史料として論じたものである。そして女性の「秘面・露面」の観点から、中世の女性に固有の身分意識・身分制度のあり方を鳥瞰する。次にそれを前提として『御伽草子』の「鉢かづき」のテーマの解明を試みている。

 ところで保立さんが授業の中で「鉢かづき」について知っているかどうかを学生にたずねたところ、ほとんどの学生が知らなかったそうである。「現代の『子ども文化」は、『御伽草子』の世界を全く捨て去ろうとしている。・・・現代の児童文学が・・・『御伽草子』の世界の忘却と結びついているかのような状況は、やはり問題が多い」(419ページ)という意見には同感である。第1回で、歴史を物語として教えようとする傾向について触れたが、それよりも、われわれが先祖から語り継いできた民話を忘れないことの方が歴史に対する誠実さではないかと思っているところである。
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