保立道久『物語の中世 神話・説話・民話の歴史学』

10月19日(土)曇り

 保立道久『物語の中世 神話・説話・民話の歴史学』(講談社学術文庫、2013)を読み終える。1998年に東京大学出版会から刊行された原本に基づいているが、著者がそれまでの20年ほどにわたって書きためてきた論稿をまとめたものであり、歴史学・中世史学の立場から、日本の神話・説話・民話を分析している。ここで「神話」「説話」「民話」というのは「宗教」「文芸」「民衆的生活意識」という3つの意識の領域に対応して、それらから生まれ、その中で語られたり、書き留められたものと常識的に考えて差し支えないという。著者の意図は3つのそれぞれを並列して分析することではなくて、これら3つの領域で考えられている物語を通じて中世の社会の生活や意識をあぶり出そうということである。

 著者は「はじめに」の最後でこの書物の題名が物語を歴史研究の史料として扱おうとすることによるものであり、「中世の歴史を『物語化』しよう」という意図を表明するものではないと論じる。著者の意見についてはまた詳しく述べることにして、私自身も今の学校の生徒に歴史の人気がないのは、物語として歴史を教えないからだ→物語としての歴史を教えようという議論には賛同していないことを書いておきたい。あらゆる時代のあらゆる人々の歴史に興味を抱く――という人もいるだろうが、そうでない人もいる。どんなに教え方を工夫しても歴史は面白くないという人もいるかもしれない。そういう意味で、こうすれば何とかなるという意見は疑ってかかる必要があると思うのである。(保立さんは歴史の本質にかかわってその物語との違いを論じている。)

 全体で3部、10章からなる書物であり、全体を紹介していくと長くなるので、今回は第1部「神話の世界と中世」だけを紹介する。この部分は、中世社会の中で語られている神話の世界について論じたものである。

 第1章「『竹取物語』と王権神話――五節舞姫の幻想」はこの論集の中で唯一「古代」社会における神話について考察したものであり、「かぐや姫」の原像には吉野で天武天皇が幻視したという天女の伝説があったと推定し、この天女の伝説のイメージが、平安時代の「五節舞」の場における舞姫の姿に投影されていると論じる。

 第2章「『彦火々出見尊絵巻(ひこほほでみのみことえまき)と御厨的世界――海幸・山幸神話の絵巻をめぐって」は、海幸・山幸神話を描いた平安時代末期の絵巻『彦火々出見尊絵巻」を分析したものであり、中世の人々が古代神話をどのように読んでいたかを示そうとしている。この絵巻では神話世界が中世的な世界として描かれており、中世の漁業風俗や「御厨」についてこの時代の人々がどのようにとらえていたかを知ることができるという。さらにまた古代人の「礼」がどのように中世のしぐさによって表現されているかについて考察し、この絵巻における竜宮の描き方をめぐり、平安末期の人々の他界観・異国観の中でのその位置を探ろうとしている。

 第3章「巨柱神話と天道花――日本中世の氏神祭と農事暦」は、中世の絵巻物に描かれた風景の中に「天道花」という高竿を掲げる民俗を発見し、その風俗の淵源をめぐって、そこに古代の「巨柱」「巨樹」信仰や「日神」信仰の痕跡をあとづけようとしている。著者の初期の論稿であり、民俗学の成果を中世史の中で生かそうとした試みであると開設されている。

 さらに第3章の補論として「歴史学にとっての柳田国男」というエッセー風の短文が収められている。柳田民俗学と戦後の中世史学の相互の関係についての論及が興味深い。

 「神話」といっても、より最近の研究者たちが問題にしている「中世神話」ではなく、「古代神話」の中世における受容や、民俗の中に残っている古代の信仰に焦点を当てているところがこの書物の特色ではないかと思う。この部分だけでなく、全体を通じて著者の関心によって研究対象が選択されており、問題についてのすべてを網羅した研究ではないことを念頭に置いて読む必要があるとも思った。
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