宇治拾遺物語(3)

10月18日(金)晴れたり曇ったり

 NHKカルチャーラジオ「文学の時間」『むかしがたりの楽しみ 宇治拾遺物語を繙く』第3回『今昔物語集と宇治拾遺物語』の再放送を聴く。

 今回は「説話文学のながれ」として、日本の説話集が仏教説話文学として始まったこと、その中で「往生伝」という分野の作品が多く作られたが、これは浄土教の流行、あるいは末法思想の神道と、天災・兵乱の続発という世相を背景とするものであったと論じられる。

 このような中で編纂されたと考えられるのが、『今昔物語集」である。その成立年や編者については分かっていない。1,000余話31巻(うち3巻は欠けている)という巨編で、天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)という当時の仏教的世界観の全世界を表す「三国」の説話を集め、それぞれの前半に仏法部、後半に世俗部が置かれている。また同じ主題の説話が集められていて、説話の事典のような構成になっており、「二話一類方式」と呼ばれる、類似する内容の説話同士を並べて、説話の連鎖を楽しむような方法も、全体に貫かれている。

 しかし、どのような事情によるものか、この作品は奈良の大寺院で死蔵されていたようで、江戸時代になって井沢蟠竜(長秀)によって再発見されたものの、広く評価されたのは、芥川龍之介の手によってその中の説話が翻案された小説が世に問われ、また彼が「今昔物語鑑賞」(1927年、新潮社発行の『日本文学講座』第6巻所収)によってその意義を論じられて以後のことであるという。「今昔物語鑑賞」の中で、芥川が特に強調したのは『今昔物語集』の遠慮会釈のないリアルで迫力ある描写への欲求と筆の冴えであった。

 『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』には登場人物やストーリーの大枠が似ているという程度ではなく、細かな表現に至るまで非常によく似ている「同文的同話」と呼ばれるものが数多く含まれている。このような共有は、いろいろな説話集のあいだに存在するものであるという。

 平安時代後期以後の「院政期」を通じて、『宝物集』のような仏教説話集もあまれたとはいうものの、それよりも多く『宇治拾遺物語』をはじめとする仏教以外の話材をも多く含む、あるいは仏教主体ではない説話集が、多く作られるようになる。『古事談』『続古事談』『古本説話集』『今物語』『十訓抄』『古今著聞集』などが主なものである。これらの説話集は、数多くの「同文的同話」、それよりは文章に距離がある「同話」、あるいは骨子が共通する「類話」を共有し合っている。今日と違って、院政期は著作権のようなものがなく、類似したテーマをもとに腕をふるいあう、「説話集競作の時代」といってもよい時代であったという。

 講師である伊東玉美さんは『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』の与える印象の違いとして、『今昔物語集』がHeartに訴えるのに対し、『宇治拾遺物語』はMindに訴えるところがあると論じている。そしてその例として、両者の悪行説話から、『今昔物語集』の巻29本朝
悪行の「世に隠れたる人の婿と成りたる□□語第4」を取り上げる。ここでは盗賊の片棒を担いだために異形の姿を隠さなければならなくなった人物の婿になった男の不思議な物語が語られている。奇妙で不気味な物語である。

 これに対して『宇治拾遺物語』の125話「保輔盗人たる事」では藤原保昌(958-1036)の弟である保輔が盗人の頭目で、商人を騙しては深く掘った穴に生きたまま突き落とし、ただで品物を手に入れる悪行を続けていたため、彼のもとへ物売りに行って帰ったものはいなかったという話を語るが、そのような悪行を続けていたのに、長い間逮捕されなかったという事実の方に語り手の関心は向けられている。

 なぜ、そうなったのかといえば、保輔が時の権力者である藤原道長(966-1027)の懐刀の1人であった保昌の弟であったために、何らかの政治的な力が働いていたのではないか――と当時の人々は考えたであろう。『宇治拾遺物語』の語り手は、事件の陰惨さにたじろいでいないで、むしろ政治的な事情の方により興味をもっているように思われる。さらに言えば、保輔の悪事を世の中の暗部として既に呑み込んでいるようでもある。

 このように『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』の個性の違いの一端が、盗人をめぐる語り口の違いから解き明かされている。こうしてみると、講師の関心は『宇治拾遺物語』を中心として、説話文学全体のさまざまな興味の対象と語り口に向けられている、ひとつの作品に限定されない、より広いものであるというように推測される。はたして次回以降はどのような展開になるのだろうか。

 なお、伊東さんは『宝物集』を平康頼作とされており、物語を読むとそのように受け取られる内容になっているだけでなく、『平家物語』にも流刑から帰京した康頼が『宝物集』を書いたと記されているのではあるが、彼が実際の著者ではなくて、彼に仮託した著書であるという説もあることを書き添えておく。藤原保昌は御伽草子の酒吞童子の中で、源頼光の主従とともに大江山の鬼を退治することになっている。兄弟でずいぶん違う姿を物語の世界の中にあらわしているのである。
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