川合康三『桃源郷 中国の楽園』

10月16日(水)台風一過、雨は早くにやんだものの午後まで強い風が吹いた。どうやら晴れ間が広がる。伊豆大島をはじめとして、各地で被害が出る。亡くなられた方のご冥福と、被災地の1日も早い復旧を祈る。

 川合康三『桃源郷 中国の楽園』(講談社選書メチエ)を読み終える。9月14日に買ったので、1カ月以上かけて読み終えたことになる(実際のところ、漢詩の引用を読むのが面倒で、読みかけたまま放りだしていたのである)。

 不安や苦難に悩みながら生きている人間は、苦しみのないもう一つの世界を夢見て、つかの間の慰めを得る。そこで夢想されるのが楽園である。しかし苦しみに満ちた人生からの逃避の願望だけが夢想の原因ではない。人間にはもともと自分が今、身を追いている世界とは別の世界に生きてみたいという欲求がもともとあるのではないか。楽園の夢想には喜びと悲しみとが混じり合っている。

 「中国の楽園といえば、誰もがすぐ桃源郷を思い浮かべる。陶淵明の『桃花源記』が描き出した桃源郷こそ、典型的な楽園と考えられてきた。桃源郷、あるいは中国のいい方に従えば桃花源、それは楽園の代名詞となっている。
 桃花源はそれほどよく知られているのに、中国にはそれに類する話、それに続く話が意外に少ない。典型的な楽園を描いた作品は『桃花源記」がほとんど唯一のものだといってもいい」(5-6ページ)。

 現実とは違う、別の生を生きたいという願望は中国では仙人の住む世界へと向かった。この書物の第1章「仙界の夢想」では不老長生の仙人たちの住む世界である仙界と、そこにたどりつく道についてのさまざまな希求のありようについて論じている。

 しかし仙界は実在するかどうか疑問である。それに対してこの世を逃れる実現可能な方法は「隠逸」であった。第2章「隠逸の願望」では伝統的な中国社会の政治と文化の担い手であった士大夫階層の人々が仕官と隠逸という2つの生き方のあいだで揺れ動いていたことが述べられている。この書物の中で最も読み応えのある部分の1つである。特に自分に合った生き方とはいえない宮仕えをやめた陶淵明と、同じく自分らしく生きようとしながら官と隠の両立を図った白居易の生き方を対比した部分が興味深い。「大隠は朝市に住み/小隠は丘樊に入る(大隠は町の中に住み、小隠は山の中に住む)」という白居易の詩がストア派(耐えて生きよ)とエピクロス派(隠れていきよ)の対比との連想でいろいろと考えさせたのである。

 第3章「古代の楽園」では、楽園に似通う概念としての楽土の姿を古代の文献から探る。特に古代の伝説的な帝王である堯の時代の「鼓腹撃壌」の挿話とより具体的に描かれた理想国の姿である「華胥氏の国」、「建徳の国」を取り上げている。

 第4章「地上の楽園」では一方で楽園を小規模ながら個人的に実現しようとする試みでもあった庭づくりと、人々が集団で移住して作り上げた共同体の例を述べている。

 第5章「桃花源」ではいよいよ陶淵明の「桃花源記」についてそれが当時流行した志怪小説と類似した形をとっていることに着目しながら、その原文を改めて読みなおしている。さらにその後の時代に、この作品がどのように解釈されてきたかの歴史をたどっている。

 「おわりに」では現代において桃花源がもつ意味を考えている。「個としての安楽、集団としての和楽、その両者を実現する」のが桃源郷であり、それは「文学のなかで描くしかない夢想のなかの楽園」(207ページ)であるとしつつ、その実現を目指し、現実を生き抜いていくための夢であると結論している。

 ここに要約したのはこの書物の骨格に過ぎず、多くの文学作品からの引用が書物の内容をより豊かなものとしていることを述べておこう。文学と社会思想の両方から興味ある主題を取り上げた書物であり、著者は日本との対比に視野を限定しているが、欧米との対比を行うことによってさらに思考を広げる可能性があるという読後感をもった。 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR