中野美代子『なぜ孫悟空のあたまには輪っかがあるのか?』

10月15日(火)雨、台風26号が接近。

 中野美代子『なぜ孫悟空のあたまには輪っかがあるのか?』(岩波ジュニア新書)を読む。主として中学生を対象とするこの叢書の中で、『西遊記』研究の第一人者が『西遊記』の面白さについて語る。『西遊記』は一般に子ども向けの書物と受け取られている。そして子ども向きに書きなおされたものや、TVドラマ、マンガなどでイメージをつかんで、それでわかったつもりになっている人が多い。お経を求めて天竺へと旅をする三蔵法師とその弟子たち。その前途に現れる怪物。悟空たちの活躍で怪物を退治して、旅を続ける。また怪物が現れる・・・。そういうふうにあらすじを追っても、『西遊記』の面白さは分からない。その面白さは細部にあると中野さんは言う。では、細部の面白さをどのようにすれば楽しめるのか、この書物はそのためのガイドとして書かれたものである。

 Ⅰ「龍より強く金属に弱い孫悟空」で早速孫悟空のあたまの輪っかの問題が取り上げられる。石から生まれた孫悟空は、見かけは動物でも鉱物的な本質をもっている。その一方で金属を嫌う水怪的な性質ももっている。どうもこれはおかしい。

 Ⅱ「三蔵のお供は虎からサルへ」では『西遊記』の「西遊」とは俗っぽい「東土」から神聖な「西天」まで旅をするということだと説明され、これが玄奘のインドへの取経という歴史的な事実がもとになっていること、玄奘の死後、その事跡が伝説化していった際に、その従者として最初虎が考えられていたのが、その後サルに代わったこと、中国のサルには猿(テナガザル)と猴(アカゲザル)がいて、孫悟空はアカゲザルであるが、どちらのサルも中国人には親しい存在であったことなどが語られている。

 Ⅲ「『西遊記』ができるまで」は『西遊記』の成立史を大まかにたどっている。この物語が長い時間をかけて(王朝をまたいで)成立してきたと論じられている。

 Ⅳ「お伴の弟子たち、全員集合!」では猪八戒と沙悟浄について説明されているが、その前に『西遊記』という書物がいろいろな数の遊びを内包していることが語られている。この書物で強調されている『西遊記』の特徴の1つである。

 Ⅴ「いざ、西天取経の旅へ!」では3人の弟子がそろって三蔵とともに天竺に旅する際の冒険の主なものが取り上げられている。ここでも「第25・36・49・64回の謎」のようにこの物語に仕掛けられた数の遊びが注目されている。

 Ⅵ「脇役たちもおもしろい」では八戒、三蔵、悟浄についてのさまざまなトリヴィアが語られている。ここでも通天河で一行を亀が乗せて送る場面で魔方陣ができていることが指摘されているなど、数へのこだわりが言及されている。

 Ⅶ「苦難のかずかず、乗りこえて」も物語の進行の中で起きるさまざまな出来事の謎が解き明かされている。「孫悟空の描いたまる」をめぐり、『西遊記』の作者たちが円についての数学的な知識をもっていたらしいと推論しているところが特に興味深い。

 Ⅷ「時間と空間を自由にまたぐ」は『西遊記』の時間と空間の相対性について触れられ、この物語で9という数字がもつ意味が説かれている。

 Ⅸ「『西遊記』はなぜ数字にこだわるか」では物語の筋ではなくて、細部の面白さを追求すること、物語の展開の順序に作者の強調点があり、それが数字へのこだわりを生んだと論じている。また、物語の中で悟空が受ける懲罰を金属質と自由という独特の座標を用いて分析しながら、この物語が彼の再生の繰り返しとして展開すると論じている。

 細部にこだわった書物であるから、あまり体系的な構成にはなっていないが、著者の議論は『西遊記』が数字にとことんこだわっていること、悟空のあたまの輪っかが彼の自由を拘束する一方で彼の金属質を補強していることに集中していると言う。後者の議論がやや分かりにくいのが残念で、この書物の読者として想定されている中学生たちがどのようにこの書物を受け取るのか、彼らの感想を聞きたい気分になった。 
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