ウィルキー・コリンズ『月長石』(12)

10月14日(月)晴れ後曇り

 前回(10月2日)からまた間が開いてしまった。ヨークシャーのヴェリンダー家の令嬢レイチェルの誕生祝いとして贈られた月長石という巨大なダイヤモンドは、彼女の誕生祝いのパーティーの際に主役の胸で輝いたその翌朝、どこかに消え去っていた。宝石の運び役を務めた彼女の従兄(求婚者でもある)のフランクリンはその行方を探るためにロンドンから名探偵といわれるカッフ部長刑事を呼び寄せる。彼の捜査の中で、ヴェリンダー夫人が矯正施設から連れてきて、この邸で下働きの女中をしているロザンナ・スピアマンの不審な行動が浮かび上がる。ロザンナの足どりを追った後で邸に戻ってきたカッフは執事であるベタレッジに向かってレイチェルが急に邸を離れる決心をするだろうという。そのカッフにヴェリンダー夫人が使いを差し向けて会いたいと言ってよこす。彼はベタレッジに「今夜、この家で変なことがもちあがったとしても…びくびくしないでいいよ。いままで、これよりもひどい家庭内の事件に関係したことがある」(217ページ)が、それを口外したことはないと付け加える。

 カッフ部長刑事に向かってヴェリンダー夫人はレイチェルがロンドンにいる伯母のエーブルホワイト夫人(レイチェルのもう1人の求婚者である従兄のゴドフリーの母)の家に泊まりにいきたいと言っていることを告げる。そう思い立ったのは1時間ほどの前だと言う。カッフの予言が当たったのである。カッフは出発を出来るだけ遅らせてほしい、それが自分の意向から出たことであることは伏せてほしいと言う。レイチェルはずっと宝石をもったままであり、その秘密をロザンナだけに打ち明けたのだろうと言うのがカッフの推理である。ヴェリンダー夫人はカッフが彼女の部屋を立ち去った後で彼に伝えるべきことがあったことを思い出す。宝石のあとを追って出没しているように思われる3人のインド人たちが拘留されているのを釈放しなければならないので、尋問するならばできるだけ早くしてほしいというものである。伝言を受け取ったカッフはインド人たちを尋問するよりも、探検家のマースウェイトに会って話を聴くつもりであると言う。

 そこへベタレッジの娘でレイチェルの小間使いであるペネロープがやってきて、レイチェルが早く荷造りをして出発したがっていること、カッフと同じ屋根の下で寝起きするのを嫌がっていることを告げる。そしてレイチェルに呼ばれてペネロープが彼女のもとに向かったすぐ後でベタレッジは異様な様子のロザンナに出遭う。ベタレッジは近くにいた料理番にロザンナの世話をするように言いつける。この様子に気づいてカッフ部長刑事とフランクリンがやってくる。フランクリンはロザンナの取り乱した様子の原因が自分にあるようだと言い出す。彼が玉突きをしているときに、ロザンナが何か言いたいことがある様子だったのを彼が構いつけなかったことが彼女に悪い印象を与えたのではなかったのかと心配なのだと言う。ベタレッジとしてはロザンナが犯人であることを証明できなければ、レイチェルの嫌疑を晴らすことはできない(と思っている)のでフランクリンの意思に沿って何か手を打つ訳にもいかない。とりあえずロザンナの様子を探ると彼女は一人で休みたいと言って部屋に閉じこもったと言う。ベタレッジが探し回って見つけたカッフは「今日の夕方、ロザンナ・スピアマンが浜から帰った時刻と、ヴェリンダー嬢が邸を出る決心を述べられた時刻とが一致した。・・・二人は、今夜、もう既に一度こっそり連絡をとったにちがいない」(131ページ)。さらにもう一度連絡を取るかもしれないから見張りを続けるつもりだと言う。

 しかしこの夜を通じて、何も起きなかった。翌朝、カッフはフランクリンに女中の一人が彼に話しかけただろうと質問したのに対し、フランクリンは回答を拒否する。ところがこの様子をロザンナが盗み見ていた。フランクリンは「ぼくはロザンナ・スピアマンになど、ちっとも関心はもっていませんよ」(234ページ)と大声で言う。しかし、そういったすぐ後でベタレッジにロザンナに事情をうまく説明してくれと頼む。どうも自分のしていることはつじつまが合わないようだと言うのがフランクリンの感想である。

 カッフがフリジングホールへ出かけた後でフランクリンは悪天候であるにもかかわらず散歩に出かける。家計の決算作業をしながらヴェリンダー夫人はカッフが戻ってきたら話したいことがあるので、それまでは月長石のことには触れるなとベタレッジにいう。ペネロープがベタレッジに向かって、ロザンナが心配なので話しに行ってほしいと頼みに来る。ペネロープはロザンナがフランクリンに心を傷つけられ続けているという。ペネロープの言葉に動揺したベタレッジはロザンナに会いに出かけるが、ロザンナは自分の秘密はフランクリンだけに打ち明けると言う。彼女の心身の様子がひどく悪いことに気付いたベタレッジは医者を呼ぼうとするが、いつも診察を頼んでいるキャンディー医師はまだ病気から回復していない。彼が困惑しているときにカッフが戻ってくる。

 レイチェルとロザンナが共謀して月長石を隠しているというカッフの推理が正しいか、またその推理の根拠はどういうものかについては次回以降明らかになるだろう。ここまでこの小説を読みなおしていて、気づいたことをいくつか書いておく。まず、レイチェルの伯母の嫁ぎ先がエーブルホワイト(Ablewhite)家で、3人姉妹の中でこの伯母だけがミドル・クラスの金もちの家に嫁いでいることになっている(あとの2人は上流階級の家庭に嫁いでいる)。ところで、インドの宝石の盗難が物語の核心を成しているドイルの『四つの署名』は『月長石』の影響が大きいと言われているが、この作品に登場する義足の男ジョナサン・スモールが物語る半生の中で、彼がインドで雇われた農場の主人がエーブル・ホワイト(Abel White)という名前であったと語っている。ひょっとしたら、ドイルは『月長石』の中のAblewhiteという名前を思い出して、ちょっと変えて使って見たのかもしれない。

 以前にも書いたが、カッフはバラが好きで、「夏の名残りのバラの花」(The Last Rose of Summer)という歌をよく歌ったり、メロディーを口笛で吹いたりしている。かつての小学唱歌「菊」(「庭の千草」という名の方でよりよく知られている)の原曲である。「夏の名残りのバラの花」はアイルランド民謡とされることが多いが、アイルランドの詩人トマス・ムーア(Thomas Moore 1779-1852)が書いた詩に、ジョン・スティーヴンスン(John Stevenson 1761-1833)が作曲したという由来をもつ。このメロディーをもとにベートーヴェンとメンデルスゾーンが変奏曲をつくり、ドイツの作曲家フロトーが『マルタ』(1847)という歌劇の中に取り入れている。これらのことについては別の機会に書くつもりである。また、この歌はジュール・ヴェルヌの『消え去ったダイヤモンド』(日本では『南十字星』という題名でより多く知られている)の中でも引用されている。『月長石』とともに、ダイヤモンドが重要な役割を演じる物語である点が共通している。さらに言えば、ジョイスの『ユリシーズ』の中でも言及されているそうであるが、こちらは確認していない。 
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