リオフランク・ホルフォード=ストレブンズ『暦と時間の歴史』

10月7日(月)朝のうちは雨が残っていたが、曇り、その後晴れ

 リオフランク・ホルフォード=ストレヴンズ『暦と時間の歴史』(丸善出版:サイエンス・パレット)を読み終える。

 1日は24時間であるとか、1年は365日であるとかいうことをわれわれは当然のことだと思いこんでいるが、人類の歴史を通じて必ずしもこれは当たり前のことではなかった。また、暦とか時間とかいうものは政治的社会的に中立的なものだと思ってしまっているが、必ずしもそうではない。暦と時間の歴史について学ぶことによって、時間についての我々の見方が唯一のものではないことに考え至るはずである。

 序章で著者はこの書物が時間とは何か、あるいは時間の進行が人間にとってどのような意味をもつのかというような哲学的な問いに答えようとするものではないと述べている。時間にかかわる単語は言語によってそれぞれ微妙に異なる意味をもつという。そうはいっても、時間についての尺度をもつことは人間が自分たちの経験を記録し、整理していくために必要である。人間は一方で自然に頼り、他方で抽象化を行って時間と取り組んできた。この書物はどのような暦が、どのようにして創られ、選ばれ、使われてきたかの経緯を述べるものである。

 第1章「日」では、時間計測のもっとも基本的な単位である「日」について述べている。しかし多くの言語で、この言葉には「日中」と地球の「自転の周期」という2つの意味が含まれている。1日がどこから始まりどこで終わるかについてもさまざまなやり方で決められてきた。時間については自然の区分と社会的な区分とが存在する。日の出や日没は自然の現象であるが、社会が巨大になり複雑になるとそれだけをあてにして生活することもできなくなる。このような話題から、最近日本でも取りざたされているサマー・タイムの問題まで、1日とその時間についてのさまざまな議論が取り上げられている。

 第2章「月と年」では、月の根拠となっているのが地球をめぐる月の公転周期、年の根拠となっているのが太陽をめぐる地球の公転周期であること、例えば1週間のようにこれらとは別の時間のまとまりである1週間(7日とするのが一般的だが、そうでない暦もある)、あるいは念よりももっと大きな単位である世紀や千年紀があることから始まり、太陰暦、太陽暦という暦法について説明されている。

 第3章「近代の暦の前史と歴史」ではローマ共和国の暦、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)による暦法の改革(ユリウス暦の成立)、ローマ教皇グレゴリウス(グレゴリオ)13世による暦の改革、その受容と拒絶の経緯がたどられている。第4章「復活祭」ではグレゴリウスの暦法改革の契機となった復活祭をめぐる時間計算の問題が取り上げられている。

 第5章「週と季節」では週と季節をめぐるさまざまな問題が取り上げられている。どちらも、それほどうまく運用できるものではないという記述に触れて安心するか、心配を深めるかは読者の問題である。

 第6章「その他の暦」ではユダヤ暦、イスラム暦、ギリシャ暦、ガリア暦、ヒンドゥー暦、イランの暦、中国暦、メソアメリカ暦について概観している。日本の伝統的な暦については「中国暦と似ていて、計算は各首都の経度でなされる暦が、韓国、日本、ヴェトナム、チベット(満月から計算)で現在、使われていたり、過去に使われたことがある」(161ページ)と簡単に触れられている。

 第7章「年を記すこと」では年代の測り方が、エポニム(名祖=なおや)、周期(十干十二支はその一例)、紀元、即位紀元、世界紀元その他について概観されている。この問題をめぐっては宗教や国家のイデオロギーが絡むので事態は複雑になるという。

 暦をめぐるさまざまな問題が手際よく概観されていて、新しい知識を得るだけでなく(マヤの暦について詳しいことを知ろうとは思わないが)、既に知っていることを整理するにも役立つだけでなく、人間と時間の付き合い方についていろいろと考えさせられる書物である。
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