語学放浪記(14)

9月24日(火)曇り、時々薄日が射す、予報では雨が降るかもしれないということだが、今のところその気配はない。

 学部・大学院を通じてもっと勉強しておけばよかったという後悔が残っている。学部の5年間(普通より1年多い)は「若気の至り」で見逃してもらえるかもしれないが、大学院は本来、勉強するための場所なので、そこであまり勉強しなかったのは弁解のできないことである。最初の方は大阪の会社で働いていたし、終わりの方は学校の非常勤講師をしていたので、やむを得ない部分もある。

 もっとも、大学院時代は人生の方向が定まったようで、実際のところは何を目指して、どのような内容をどのような方法で勉強するのか、についての見通しが全くない期間であったことも否定できない。あまり目的もなく、ただ大学に出かけたり、出掛けなかったり、本を読んだり、読まなかったりという日々であったというのが正直なところである。それに読みかけた本を読み終えなかったというのが一番多かったのではないかと思う。

 さて、本題の外国語であるが、一時期フランス語の勉強をしていたことがあり、その後も大学に近くの日仏学館でフランス映画の上映をよく見た。映画を見るだけならば、アメリカ、英国、ドイツ、さらにイタリアの映画もしばしば見たものである。それから、博士課程の2年目だったと思うが、英会話を習いに出かけたこともある。ともに長続きしなかった理由については、その当時の人間関係が絡んでいるとだけ言っておこう。

 前回、種田輝豊さんの『20か国語ペラペラ』という書物について触れたが、同じように多くの言語を習得した人物が書いた書物としてロンブ・カトーというハンガリーの人が書いた『わたしの外国語学習法』(創樹社、1981→ちくま学芸文庫、2000)をよんだのは、就職してからのことである。こういう本を読むと外国語を勉強しよう、出来たらいいなと思うけれども、どうも地道な努力の方に目が向かないというのが悪い癖である。

 ある言語を勉強しようと思うについては時間的、地理的な環境に左右される部分が小さくなく、カトーについてみると第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだのハンガリーに生まれ育ったこと、種田さんについてみると第二次世界大戦後すぐの時期に中学校に入ったという時代背景が大きいように思われる。ただし、それだけでなく、家庭的な背景や学習を刺激する要因となる人物との出会いというような条件もある。種田さんについて言うと、高校時代に基地の米軍兵士たちと接触したこと、さらに幸運なことにオースタリッツというギリヤーク(ニヴフ)語の研究をしている言語学者(ギリヤークの昔話についての著書がある)とであったことなどが意欲を推進しているようである。さらに、カトーの場合は中等教育の中で組織的・体系的にラテン語を勉強したことが(成績は必ずしも良くなかったらしいが)影響力のある経験となったと考えられる。何によらず、基礎をしっかり勉強しておくことが重要だということである。

 学習の動機としては肯定的な経験によるものと、否定的な経験によるものがあり、肯定的な経験というのは、誰かから発音を褒められてやる気が増したというようなこと、否定的な経験というのは外国人に話しかけられてどうもわからなかったというようなことであるが、わたしの場合は否定的な経験からの出発の方が多かった。どうも否定的な経験は起動力としては強力ではないように思われる。ただし、これはその人の性格にもより、人一倍負けん気が強い人にとっては否定的な経験が積極的な起動力になるかもしれない。それから褒めると言っても、抽象的、一般的に褒めたり、相手からそれほど信頼されていないのに、褒めても逆効果になるということもありうる。その人間が努力している方向を理解して、褒めることが望ましいのだが、努力の方向性を見つけるのが難しい場合もある。

 わたしの場合は外国語を身につけようという意欲はあったのだが、具体的に努力はしていなかったから褒めてもあまり意味がなく、具体的な努力の方向を示すことが必要だったのだが、そういう環境に恵まれなかったということらしい。当時の指導教官はドイツ語の教師の口ならば世話できる(わたしの能力を考えれば無理である)と、ドイツ語を勉強させることに熱心であった。当時は第二外国語としてドイツ語の授業を開講している大学が多く、それだけという大学も少なくなかったのだが、いくら就職しやすくても、ろくな実力をもっていない教師に教わる学生の方が気の毒であるというところまで考えが及ばなかったようである。さらにそんないい加減なことをしていると、ドイツ語教育の信頼性も疑われ、次第に就職口も少なくなっていく。

 件の先生は教えさせることに熱心なのに加えて、ドイツ語で書かれた難しい本ばかり読ませたがったので、一向に努力が積み重ねられなかったのである。自分のためにも、教えることを考えても、やさしい本を興味をもって多く読みこなすことがとりあえずは大事なのに、逆の勉強をすることになったというのは悲劇であった。
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