椎名誠『コガネムシはどれほど金持ちか ナマコのからえばり』

9月22日(日)晴れ後曇り

 椎名誠『コガネムシはどれほど金持ちか ナマコのからえばり』(集英社文庫)は9月10日に読み終えた。それを2週間近くたってからこのブログで取り上げるのは、他に書くことが見あたらないという芳しくない理由からであるが、だからといってこの書物の価値が低いというわけではない。飽くまでもめぐり合わせの問題である。この書物は『サンデー毎日』2009年3月29日号から2010年1月24日号までに連載されたエッセーをまとめて2010年に毎日新聞社から単行本として刊行されたものを文庫化したものである。「ナマコ」というのは椎名誠=シイナマコトという名前の中にこの3文字が含まれていることからの発想で、一種の自称のようである。コガネムシはどれほど金持ちかをめぐっては、この書物の中ほどに「コガネムシ金持ち問題」という一文が含まれている。

 椎名さんがそのとき、そのときに思いついたことを書き記したエッセー集で、著者の周辺で起きている出来事をめぐり、所々にその通りだ!と思うような問題提起や洞察が見られ、そうかと思うとこの人にしてはどうも迂闊だなあという惚けた記述もある。前者の方が多いのであるが、両者が適当に混ざっているところが面白いともいえる。ただし、ご本人が自覚しているように後者の方が多くなってきているようでもある。(なあに、こっちだって同じように老化が進んでいるのである。)

 椎名さんが書いたものはエッセーを中心にかなりの量を読んできたのだが、著者自身の経験をめぐり同じことを繰り返し書いているようで、その内容の著者自身による評価が少しずつ変化しているように思われる。それを考えさせるのが、「こんなところに住んできた」という一文である。アメリカ生まれの椎名さんの孫たちが日本とアメリカのどちらで暮らすかの選択をすることになり、相談を求められる。それで日米の社会の根底にある価値観を比べて考えることになる。そこで椎名さんは『哀愁の街に霧が降るのだ』で描き出された小岩のおんぼろアパートでの共同生活時代のことを改めて思い出す。「人生に『黄金時代』というものがあるとしたら、たぶんこのときではないか、とぼくは今になってそう思う。しかし当時の自覚としては『最悪』の日々だった」(192ページ)と書く。さらに「価値観は実に全く相対的なものである。今になると、あのころの生活は絶対に楽しかったという確信がある。具体的に楽しい記憶はまるでないのだけれど、でも圧倒的に『いい時代』だったのだ」(同上)と結論する。ここに椎名さんの一つの到達点が感じられる。

 その一方で、これは何だという部分がないわけでもない。「娘と二人で嘆きのワイン」という文章の中に、「ウナ・セラ・ディ東京」という歌の「ウナ・セラ」とはなんだという疑問が出てくるが、これは自分で調べればわかることではなかろうか。この歌がはやったのは1964年のことで50年近くの時間がたっている。この歌はもともとザ・ピーナッツが「東京たそがれ」という題で1963年に歌ったものを、1964年にイタリアの歌手ミルバが来日した折、お客へのサーヴィスとして歌う日本語の歌として編曲され、題も「ウナ・セラ・ディ東京」と改められたものである。「ウナ・セラ・ディuna sera di」というのはイタリア語で、全体として「東京のある一夜」という意味である。seraは英語のeveningに相当し、夜といっても早い時間について言う。ミルバの歌唱力によって歌の魅力が発揮され、他の歌手も歌うようになり、本家のザ・ピーナッツの方も「ウナ・セラ・ディ東京」として歌うようになったそうである。

 1964年は最近、盛んに思いだされているように東京オリンピックの年であり、東京が国際都市であることがあらためて強調された年でもあった。「ウナ・セラ・ディ東京」はそういう気分にも乗った歌であったようである。それに東京の前の1960年のオリンピックはローマで開かれていた。

 ただ、こんなことを気にしているのは、椎名さんにとってこの歌は別世界の歌だったという印象があったからではないか。そして実は私にとってもそうだったのである。流行歌というが、ある人々にとって流行の歌であっても、他の人々にとってはそうではない、歌が強調しているその時代の気分に同調できない人もいる。椎名さんが言っているのはそういうことかもしれないなと考えている。 
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