季節外れの話題

9月15日(日)台風の影響で雨、これから風雨が激しくなるのか心配である。

 昨日(14日)の毎日新聞の朝刊のコラム「経済観測」に大武健一郎氏が「吉宗の桜と東京五輪」という文章を書いている。徳川将軍吉宗が飛鳥山や御殿山に桜の木を植えて庶民が花見を楽しめるようにしたり、隅田川の大花火を始めたりしたことが経済の活性化を生みだしたと評価し、この改革を今回の五輪招致と結びつけてアベノミクスの将来に期待を寄せている。大学時代の教養部の経済学(溝川喜一先生)も、学部の経済原論(杉原四郎先生)もBであったくらいで経済学については暗いので、議論の当否については論じる資格がないのだが、文の中で「落語『長屋の花見』が今に残り、庶民の元気な日常生活を伝えているのも、吉宗あってのことだ」と書いているのには異議がある。

 落語に少しうるさい人ならば知っていることだが、「長屋の花見」は大阪の落語「貧乏花見」を二代目蝶花樓馬楽(1864-1914)が東京に移植したもので、これを定着させたのは4代目の柳家小さん(1888-1947)である(矢野誠一『落語手帖』201ページを参照されたい)。江戸時代から語り継がれた落語などではないのである。それに庶民の元気な日常生活を伝えているのは、大阪の「貧乏花見」の方で、東京の方は江戸っ子のやせ我慢の方が前面に出ている。演者によって異なるが、噺の中で紹介される弥太さんの俳句「長屋じゅう歯を食いしばる花見かな」がその気分をよくあらわしている(この句は馬楽=本名は本間弥太郎のものである)。矢野さんの書物に引用されている永六輔さんのコメントをさらに引用すると「東京の『長屋の花見』が、大家の発案で店子連中しぶしぶ出かけるのに対し、『貧乏花見』は、朝の雨がやんで仕事に出そこなって、身をもてあましていた店子たちの相談がまとまって、いわば自発的に出かける。大家が顔を出さないあたりが大阪的だ」。永さんはそこまで指摘していないが、東京は男だけ出かけるのに対し、大阪は男女混成で出かけるというのも大きなちがいである。

 江戸時代起源の花見についての落語というとむしろ「花見の仇討」の方がふさわしいのである。こちらは瀧亭鯉丈『花暦八笑人』の春の部が原作、文政時代から演じられていたし、現在では上野の山の花見の中での出来事とされているが、もともとは飛鳥山での出来事とされていたとのことである。ただし、こちらも4代目橘家圓蔵の「八笑人」と大阪の「桜の宮」を名人といわれた3代目三遊亭圓馬がない混ぜにして現在演じられるような形にしたのだという(矢野、前掲、229ページによる)。

 なお、花見と落語と経済の組み合わせというと笠信太郎の『花見酒の経済』という有名な先例がある。この本は読んだはずだが、内容はすっかり忘れてしまった。前記矢野さんの書物の中にこの本からの引用と思しき文があるので、これも引用しておく:「・・・国内消費をどの程度まで進めて、一杯景気をつけることができるかということは、国の経済の規模に応じ、経済発展の段階に応じて、十分の勘考が要求されることであろう」(矢野、前掲、228ページ)。笠の議論がかなり総論的であるのに対して、大武氏の議論は「五輪を一過性の祭りにとどめず、超高齢化社会に対応する都市改造や、社会保障制度改革を進めるきっかけにしてほしい」と具体的な要求が述べられているのが違いといえようか。

 それにしても秋に花見の話を持ち出すのは強引であるし、台風が近づいている中でこんな話をされても困るというのが正直なところではある。ただ、落語について少し調べさせて貰ったのはよかったとは言える。
 
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