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日下力『いくさ物語の世界――中世軍記物語を読む』(3)

9月13日(金)晴れ後曇り

 第4章「物語の生まれるところ」の続き。『平家物語』を代表とする軍記物語は歴史的な事実を題材としているが、それを作者の意図に基づいて再構成している。歴史的な事件の背後にある複雑な事情を単純化し、個々の人物の役割や対立軸を強調しているのである。

 歴史における個人の役割を重視する物語の造形の上で重要な役割を担うのは「起死回生」を託されたヒーローの創出である。「『平家物語』における日常の生活実感、あるいは社会的視野の欠如を指摘する声があった。が、なぜそうした事柄を描かぬかと言えば、登場させる個々の人間の生にこそ関心の中心があるからであろう。他作品でも、事件を発生させ、事を進展させるのは、社会的状況や経済的状況などではなく、あくまでも人物の個性的な性格であり、彼らそれぞれには物語上の固有な役割がになわされている。
 いくさ物語の基本的な志向性の一つは、敗者側に起死回生を託す人物を創ろうとすることである。そうしなければ、ストーリー展開は冷めたものになってしまうからである。『保元物語』では為朝、『平治物語』では悪源太義平、『平家物語」では清盛の弟教盛の子息たる能登守教経、『承久記』では山田次郎重忠が、その役割をになう」」(134ページ)。

 事態の推移の中で混乱状態を強調し、時間を凝縮して表現し、事件の展開を劇的に再構成していく。「いくさの物語は、歴史事実を伝えようとするものでは決してないことを、充分に知っておく必要があろう。言葉により非日常的空間を作出し、そこにさまざまな人々の生の曲折を、その言動とともに描き込み、享受者の心を揺り動かして異次元の世界へ誘引しようとする、そうしたものとして物語は企図されている。あらためて言うまでもなく、軍記物語の文学たるゆえんである」(146ページ)。

 第5章「求められたものは――戦争の体験から」ではいくさの時代の中でのさまざまな人間模様が特に人間関係を中心として取り上げられる。美しい人間関係がことさらに強調されているのは、戦乱の体験の中でそのような関係が渇望されていた時代の雰囲気を反映するものであると論じられている。

 第6章「いくさ物語の強さ――時代を超えて」では、登場人物たちの歴史の不条理性への自覚が平重衡の例に即して語られ、「現実を告発しながらも、それを受け入れ、乗り越えていこうとする精神を、物語は、重衡の中に描き込んだのである。現実と対峙するそうした精神のありようは、西洋の叙事詩の世界には見出せない」(190ページ)と説く。

 さらに実際にはどうであったかは別にして、人間の恩讐の世界からの心の離脱や固有な自分の生に、固有の意味を見出し潔くことを決していく人間の姿が描かれているとする。当時の人々の精神を支配していた仏教的な末法観を否定し、この考えとともに人々の不安をあおっていた百王思想(神武天皇から数えて国王百代で世が尽きるという終末思想)も、国王すら相対化する物語の作者によって乗り越えられている。このようなものの見方は物語の成立した時代の雰囲気を反映するものであったという:「軍記物語4作品が誕生した1230年前後から40年ころにかけては、…既に末法観や百王終末思想に拘泥されない、のびやかな物の見方、考え方が、平和を背景に育っていtにちがいないのである」(208ページ)。この時代、「平和の継続が喜びとして社会的に共有され、現実を肯定的に受け入れる雰囲気が新たな広がりを見せていた。それが軍記物語誕生の時代的な環境であった」(209ページ)という。(これはこの書物が取り上げている4作品の成立の背景であって、軍記物語全般について言えることではないことを考える必要もある。しかし戦乱の時代を描いた軍記物語があえて『太平記』と名づけられたかも考えることも必要であろう。)

 他方、命のはかなさについてのこの時代特有の認識も示されているという。この時代は人の命をめぐる不思議が実感された時代であった。「中世の一時代に創られたこの国のいくさの物語は、こうした精神的土壌を自らの帰属すべき原点として胎生し、なおかつ、それを継承して表現を熟成させた。それゆえ、勝利者の武の力を単純に賛美するだけの文学には終わらず、陰に陽に、多様な要素を含む。叙事詩に比べ、まがりなりにもはるかに戦いの実相と密着したところから発想され、かつ、歴史的に屈折させられた人々の生と死を、多面的に伝えようとしたからであろう。その思いは、深く受け止められねばならない」(213-214ページ)と説く。さらに「戦いの物語は面白さを求められるが、しかし、それで終始することは許されないものであった。喜怒哀楽の混在する物語世界は、戦争が繰り返され混乱の世が続くことを、決して望んではいない」(214ページ)として、それが第二次世界大戦をまだなお記憶にとどめている現代においても十分に理解できる内容に満ちていることを述べて筆を擱いている。

 著者が断っているように、これは鎌倉時代の初期に成立した軍記物語4作品を論じたもので、『将門記』や『陸奥話記』から『明徳記』、『応仁記』(さらにその後の作品群も含める考え方もある)に至る軍記物語全般について論じたものではないし、同時代の歴史物語やその他の文学作品についてもあまり言及はされていない。新書という著書の性格からして包括的な論述は無理だということもあるだろうし、論旨を明確にしようとする意図もあると思われる。おもな議論は、『平家物語』が歴史そのものを記述した記録文学ではなく、作品が成立した時代の人々の精神の表現として過去の歴史を再構成した文学作品であること、そして現実と向き合うさまざまな精神のありようを書きとめているがゆえに、西洋の叙事詩にも勝る性質をもっているということである。

 この書物を読みはじめたきっかけは大津雄一さんによる明治から現代までの『平家物語』の受容をめぐる論考『『平家物語』の再誕』を読んだことであり、その中で論じられていた『平家物語』を叙事詩と見る考え方が、この書物の中で完全に乗り越えられていることを知ったのは一つの収穫であった。叙事詩を最高の文学形式だというドグマは文学についての窮屈な檻の中に閉じ込めるものである。多様な文学形式の展開こそがどの時代にも求められてよいのである。 
 
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とても有り難く、おもしろい物を読ませていただきました。 感謝します。
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