中見真理『柳宗悦――「複合の美」の思想』

8月29日(木)晴れ

 中見真理『柳宗悦――「複合の美」の思想』(岩波新書)を読み終える。

 以前、駒場の日本民芸館によく出かけたものであるが、最近はご無沙汰している。この書物にも取り上げられている英国のアーツ・アンド・クラフツ運動(→近代デザインの創生)には興味があるというよりも、20代の後半に自分の学問的な研究の対象として熱心に取り組んだものであるが、これも最近では趣味の一環という位置づけにしてしまっている。

 その一方で京都にある河合寛次郎記念館には京都に出かける機会があるとできるだけ訪問するようにしている。河合は柳の民芸運動の同志の一人であったが、梅棹忠夫が彼の作品を愛用していた例に見られるように、京都を中心として多くの人々に親しまれた作家である。脱線になるが日本民芸館と河合の記念館の共通点はトイレがきれいなことで、その点には敬意を払っている。つまり柳と民芸運動、あるいはひろい意味での民芸、工芸については興味も敬意も抱いているが、積極的にその中に飛び込むこともしていない。

 中見さんのこの書物は、民芸を超えて柳の思想の広がりを問題にしている。彼の言動の根底には「複合の美」の思想があったと論じている。白樺派とのつながり、大杉栄やクロポトキン、トルストイの影響を受けた社会観、もっと広い領域にわたってのウィリアム・ブレークの影響、朝鮮文化への想い、沖縄・アイヌ・台湾など周辺文化あるいは地方文化へのまなざし、宗教観などが論じられている。非暴力の思想家としての柳の掘り起こしが試みられている。この点ではガンディーやラッセルの影響が着目されている。ただし、柳が独自の思想を形成していたことも強調される。

 これまでの―といっても柳の著書、あるいは彼についての研究書をそれほど多くは読んでいないのだが―所説に比べて、柳の社会問題や国際問題への関心に多くの記述がなされている点が特徴的である。彼が戦後の日本の政治の中で社会党を支持する一方で、共産党が自己中心的であるとして批判的であったことに特に興味を覚えた。

 柳の非暴力の平和主義や相互扶助、東西の文化のそれぞれの独自性の尊重などの思想と行動の多くが、白樺派の運動を担った他の人々の中にもあったものである。しかしその中で柳の軌跡は文学的、あるいは美術的な業績の形をとらなかった代わりに、文化運動として大きな役割を果たすものであった。それは柳の性格や、彼の国際的な友人関係、あるいは妻兼子との愛情に支えられていたというだけのものであろうか。その点がもう一つはっきりしない。

 白樺派にも民芸運動にも興味がある――武者小路実篤と河合寛次郎の色紙の複製を机の上に飾っているほどなのだが、それだけで自分自身が語れるとは思わない。柳には私自身と重なる部分と重ならない部分がある――というよりも、他の思想家よりも重なる部分が多いことを感じるのだが、それでも最近日本民芸館から足が遠のいているのはなぜか――という問題を改めて考えたくなった。
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柳理論は問題です

私も若い頃、民芸にはまったのですが、やはり最近は民芸館にご無沙汰しています。だんだん胡散臭くはなっていたのですが、1988年刊の出川直樹『民芸 理論の崩壊と様式の誕生』(新潮社)が決定的な影響を持ち、柳宗悦を否定するようになりました。彼が見出した美は確かに優れた美だし、その美の生まれ方への思索や美術批判は、当たっている面があります。しかし、民芸の美は一つの美であって、これを絶対的に美の標準にするのは間違っているでしょう。
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