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ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(44)

5月17日(日)晴れ、気温上昇

 ベネット家の住むロングボーン(架空の地名)一帯の中心的な町であるメリトン(架空の地名)に駐在していた義勇軍の連隊がブライトン(イングランド南東部の海岸に面したリゾート地で、18世紀の終りから19世紀の初めにかけて後にジョージⅣ世となる王太子が離宮を建てるなど、この地を愛したこともあり、当時の文化の中心の1つであった)に移動するのに伴い、義勇軍のフォースター大佐の夫人の招待でブライトンに赴いた末娘のリディアが、連隊の中尉であるウィッカムと駆け落ちをするという事件が起きた。しばらく行方の分からなかったリディアとウィッカムであったが、ベネット夫人の弟であるガードナー氏から、ウィッカムの失踪の原因となった賭博による多額の借金返済の見通しが付けば、2人を結婚させることができるとの連絡があった。ベネット氏は急いで2人の結婚に同意する手紙を書いたが、義弟に思わぬ負担を強いてしまったことを気に病むのだった。その一方で、5人の娘の誰か1人でもいいから、金持の紳士と結婚させることを夢見ていたベネット夫人は、お気に入りの末娘が結婚するという知らせに舞い上がり、それまで臥せっていた病の床から跳ね起きて、ウィッカムが借金に追われている身であることも気にせずに、2人の結婚式と新生活について夢想を繰り広げるのであった。 

 今回は、第3巻第8章(第50章)の後半を取り上げる。
 ベネット氏は、正餐の席でベネット夫人があれこれとしゃべるのを聞き、召使たちがいる間は黙っていたが、彼らが引き下がると、彼女には同意しないという自分の意見を述べはじめた。先ずロングボーンの近くに2人を住まわせるつもりはないし、この邸内に2人を迎え入れることはしないつもりだということ。さらに、ベネット氏が娘の結婚を祝福せず、結婚衣装に1銭も出そうとしないことをめぐっても夫妻の間で口論がつづいた。「ベネット夫人にしてみれば、娘がウィッカムと駈落して、結婚する2週間も前から同棲していたことよりも、娘が婚礼衣装も新調せずに結婚式に臨むことの方が、遥かに恥しいことだったのである」(大島訳、524ページ)。

 エリザベスはダービーシャーのラムトン(架空の地名)で、ダーシーに動顛のあまり妹についての心配事を話してしまったことを後悔していた。2人の結婚という形で駈落ち事件が解決することが分かっていたら、駆落ちという家族の秘密を打ち明けないほうがよかったと思ったのである。彼がこの事件のことを黙っていて、誰にも漏らさないだろうということは信じることができたが、その一方で、このようなスキャンダルを起こした妹をもつ姉と結婚しようとは思わないだろうとも考えたのである。そして、彼とは二度と会うことがないだろうと思う一方で、彼に会いたいという気持ちが募るのを押さえられなかった。

 「エリザベスは今になって、ミスター・ダーシーが気質的にも能力的にも自分にぴったり合った人だということが分り始めた。頭の働きも気性も、自分とは違っているが、自分の望みには充分叶っていそうであった。2人が結ばれていればどちらのためにもなったにちがいない。自分の気さくで陽気な性質によって、あの人の生真面目な性分は多少和らぎ、堅苦しい態度も少しは柔軟な、愛想のよいものになったかも知れない。そしてあの人の判断力と知識と幅広い世間智から、自分はそれ以上の大事な恩恵を受けたに違いない」(大島訳、526ページ。「気質的にも能力的にも」と訳されている個所は、原文ではin disposition and talents、「頭の働き」はunderstanding、気性はtemper、「気さくで陽気な性質」というのはher ease and liveliness、「判断力と知識と幅広い世間智」はhis judgment, information, and knowledge of the worldである。光文社古典新訳文庫の小尾訳では「性格といい、頭脳といい彼こそが自分にもっともふさわしいひとだということが、エリザベスにもようやくわかってきた。彼の知性も性格も、自分とは性質の違うものだが、自分の望みにすべて叶っていたと思う。これはふたりを引き立て合うむすびつきだったはずである。エリザベスの気どらず、活発なところは彼の心を和ませ、態度を改めさせていただろう。そして彼の判断力や該博な知識や人生経験などによって、エリザベスは多大な恩恵を受けていただろう」(小尾訳、下巻、186ページ)となっている)。〔正確さという点では大島訳の方に軍配が上がるが、読みやすさという点では小尾訳の方がまさると思う。〕

 彼女がようやく理想的な組み合わせだと信じることができるようになった結婚の可能性が、それとは全く異質なリディアとウィッカムとの縁組によって絶たれようとしているのだと彼女は思った。そして、一時的な情熱が、2人で自立して生計を立てていく見通しに勝って成立した妹たちの結婚生活がこの先どうなるのかを予測することはできないものの、永続的な幸福とは無縁なものになりそうだと思ったのである。

 ガードナー氏から、ベネット氏に宛てて折り返し返信があり、自分の金銭的な尽力をめぐる貸し借りについては気にしなくてもいいという文面が記され、それよりもウィッカムが今後どうすることになるかということの方が詳しく記されていた。
 結婚式が済み次第、ウィッカムは義勇軍ではなく正規軍の北部に駐屯している連隊に入り、連隊旗手(ensigncy)を務める話がまとまっているという。〔東南部にいたのでは悪い友だちとの縁が切れないということであろう。なお、ensigncyは歩兵連隊の最下級の士官で少尉second lieutenantということになるが、この時代にはまだsecond lieutenantという階級はなかったようである。〕 新しい環境をえれば、ウィッカムも気分を一新して生活態度も変えるのではないかというのである。彼がブライトンで作った借金についてはガードナー氏がフォースター氏に事情を説明して、返済の手はずを整えたので、メリトンで作った借金についての事情説明はベネット氏にお願いしたいとのことである。返済の手続きは、ハガーストン弁護士(事務弁護士)の手を煩わすことになっている〔原文には弁護士にあたる語はなく、大島さんが補って入れている。ガードナー氏(とベネット夫人)の姉の夫のフィリップス氏も事務弁護士なのだが、遠くの親戚よりも近くの他人ということであろうか〕。結婚式後、もしロングボーンから招待があれば、新婚夫婦は花嫁の実家を訪問することになるが、そうでなければすぐに北部に旅立つことになるだろう。リディアは両親に会っておきたいという気持ちが強いようである。

 ベネット氏と娘たち(とオースティンは書いているが、ジェインとエリザベスであろう)は、ウィッカムが義勇軍の連隊を離れることに賛成であったが、ベネット夫人はお気に入りのリディアが遠く離れたところに行ってしまうことに不満であった。彼女はフォースター大佐の夫人と仲が良かったし、義勇軍のなかには彼女と仲のいい士官たちが大勢いたというのである〔そういう環境から引き離したほうが、本人たちのためだということが、ベネット夫人には理解できない〕。 

 ベネット氏は、結婚式のあと実家を訪問したいというリディアの要求を受け入れるつもりはなかったが、世間体を考えれば、この結婚に両親が同意していることを示すためにも、訪問を認めた方がいいというジェインとエリザベスの説得に渋々応じることになった。とはいうものの、エリザベスは本心では、自分がかつて結婚の相手と考えたこともあるウィッカムと顔を合わせたくはなかった。

 こうして第3巻第8章は終り、第9章では結婚したリディアとウィッカムがベネット家を訪問する。果たしてどんな人間模様が展開されるかは、また次回に。今回の個所では、エリザベスの心理の描写を通して、作者であるジェイン・オースティンの結婚観、一時的な情熱よりも、経済的な基盤を考えた縁組が必要であるが、そうだとしても男女の性格的な適合性と、両者がお互いに敬愛できるような関係が望ましいということが語られているのが注目される。リディアとウィッカムは一時的な情熱による縁組であり、シャーロットとコリンズ牧師の場合は経済的な条件だけが考えられている。ジェインとビングリー、そしてエリザベスとダーシーの恋の行方はどうなるのであろうか。
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