ジュリー・ハリスさんを悼み、日米間の距離について考える

8月25日(日)曇り

 エリア・カザン監督の映画『エデンの東』でジェームズ・ディーンが演じていたキャルの兄アロンの恋人アブラを演じていた女優のジュリー・ハリスさんが8月24日にマサチューセッツ州の自宅で心不全のため死去されたことが報じられた。日本では『エデンの東』が記憶されているが、トニー賞を5回、エミー賞を3回、グラミー賞を1回それぞれ受賞した舞台・TV女優であり、ナショナル・メダル・オヴ・アーツの他数々の栄誉を得ているそうである。

 最近、TVで『エデンの東』を放映していた。また8月13日の毎日新聞のコラム「火論」で玉木研二さんが1972年の映画『キャバレー』がヒトラーの台頭する時代のドイツ社会の雰囲気をとらえていると書いていたが、この映画は1955年に製作された『嵐の中の青春』のリメイクだということに触れていなかったのを残念に思った。1972年版でライザ・ミネリが演じていたサリーの役を1955年版で演じていたのがハリスさんであったようである(実はこの映画は見ていない)。だからなぜかジュリー・ハリスさんについて思い出すことが多かった。虫の知らせであろうか。

 ハリスさんは1952年にカーソン・マッカラーズの戯曲『結婚式のメンバー』(The Member of the Wedding)で最初の成功をおさめ、その映画化(日本では公開されていない)でアカデミー賞にノミネートされた。同じ年に『嵐の中の青春』(原題は『私はカメラ』I Am a Camera)のもとになった舞台(映画化は1955年のことである)での演技でトニー賞を得ている。『マクベス』のマクベス夫人や、『人形の家』のノラを演じたこともあるという。

 こちらが不勉強だったと言えばそれまでだが、ハリスさんが舞台で活躍していることをよく知らずに、あまり映画作品への出演がないねえなどと勝手に決め込んでいたのは慙愧の至りである。カーソン・マッカラーズの原作による映画『禁じられた情事の森』(原題はReflections in a Golden Eye,ジョン・ヒューストン監督)に出演している姿を見て、『エデンの東』からの変わりようにがっかりしたことも思い出すが、それももう50年近く昔の話になってしまった。『さすらいの航海』や『愛は霧のかなたに』などの出演作が公開されたころ、こちらは映画をあまり見ていなかったということもいまさらながら悔やまれる。

 日本の映画ファンが知っているジュリー・ハリスさんは女優であるハリスさんのほんの一側面に過ぎなかった。もちろん、アメリカや英国でどんな映画や演劇が人気を得ているかを活字の上で、あるいはインターネットで追うことはできる。だが、それは生きた知識とはいえない。よほど金があって、英語がよくできる人でないとアメリカの舞台事情には詳しくなれないだろう。舞台事情に詳しくなるほどアメリカに慣れ親しんでしまうと、今度は日本のことが分からなくなるかもしれない。そのあたりが難しい。

 実際のところ、単純な知識に加えて、物事の受け止め方の違いの問題もある。アメリカで興行的に成功した映画が、日本でも同様であるとはいえない場合が少なくないようである。それがなぜか、日本人とアメリカ人のあいだにはどのような気持ちのずれがあるのかと考えることは、政治や経済の上での日米関係を考える際にも重要なことではないかと思うのだが、どうだろうか。

 ジュリー・ハリスさんの舞台での演技に接する機会は失われてしまったが、映画での演技に接する機会は残されている。それも若く美しかった時代の姿を見ることができることで心を慰めることにしよう。改めて、ハリスさんのご冥福をお祈りしたい。
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