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日記抄(3月26日~3月31日)

3月31日(火)曇り

 3月26日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:

3月25日
 NHK『ラジオ英会話』で
Rome wasn't built in a day. (ローマは一日にして成らず)
ということわざが取り上げられていた。他の言語でどのようにいうかというのを調べられた限りで書いておくと:
Roma uno die non est condita. (ラテン語)
Roma ne s'est pas faite en un jour. (フランス語)
Roma non è stata fatta in un giorno. (イタリア語)

 光瀬憲子『台湾一周‼ 途中下車 美味しい旅』(双葉文庫)を読み終える。7泊8日というタイトな日程で高雄から時計回りに台湾を一周する。通訳・翻訳の経験を積んで中国語には慣れ親しんでいるはずの著者だが、結構ドジを踏む。しかし、そのドジがかえって忘れられない思い出となる。わたしも台湾に一度出かけた見たいと思っているのだが、コロナウイルスが蔓延している現在の状況では実現の可能性はなく、こういう本を読んで想像をめぐらせているのである。

3月26日
 『日経』朝刊1面のコラム「春秋」は、太平洋戦争中にハワイの捕虜収容所に勤務していたころのドナルド・キーンさんのベートーヴェンが好きな日本人捕虜のためにレコードの音を大きくして聞こえるようにしたというエピソードを紹介していた。1827年のこの日、ベートーヴェンが死んだそうだ。

 同じく『日経』に社会人が小学校の先生になるのを容易にしようと、来年度から体育や音楽の実技試験をなくすなど、小学校の教員採用選考を見直すことが報じられていた。これらの試みがわが国の小学校教育をどのような方向に変えていくのかは即断できない。できるだけ中立的な目で見守りたいと思う。

 安倍昭恵女史がコロナウイルス流行の中で、花見を行ったというニュースを聞いて:
国会より 野党が恐い 家庭内(首相の心境)
今回も 私人と閣議で 決定か(などということは起こらないだろうが…)

3月27日
 『朝日』朝刊の「しつもん! ドラえもん」で、「1964年の東京五輪で使われた聖火台は日本のどこで作られたかな?」という問いの答えは、埼玉県川口市であった。鋳物の街として知られている。映画『キューポラのある街』(1962、日活、浦山桐郎監督)はその川口市を舞台にした作品であったが、オリンピックの話が出てこない。この作品の試写を見た浦山の師匠格の映画作家である川島雄三が、よくできた写真だとほめたという話があるが、その川島は『縞の背広の親分衆』(1961、東京映画)の中で、オリンピックを目指した東京の都市開発の様子を喜劇風に描いている。世相というものは1つや2つの情報源で知ることができるものではない。
 『キューポラ』の中で、東野英治郎扮するヒロイン(吉永小百合)の父親がまた戦争が起きれば景気がよくなって、自分たちの生活も上向くと言っているのは、昭和10年代の軍需景気で生活が潤った職人の生活実感に基づいているのだろうが、もっと大きな目で見れば、戦争というのは決して景気をよくするものではないのである。戦争は国の借金を増やして、国民の生活を圧迫するというのが歴史的な事実であって、そのなかで一部の社会集団が利益を得たとしても、それを全体のものと考えてはならないのである。
 
3月28日
 『朝日』朝刊1面のコラム「天声人語」に徳島県鳴門市の鳴門市ドイツ館のことが紹介されていた。第一次世界大戦の際のドイツ人捕虜を収容した「坂東俘虜収容所」を記念して、その跡地の近くに設けられた施設である。坂東俘虜収容所は、捕虜に対する人道的で公正な扱いを行い、ドイツ人捕虜と日本人の交流が両国の文化的な発展に寄与したといわれる。特にベートーヴェンの第九交響曲が初めて全曲演奏されたのがこの地においてであったことはよく知られている。

 もう10年以上昔になるが、「鳴門市ドイツ館」を訪問したことがあり、ついでに隣接する賀川豊彦記念館も見学した。数年前に死んだ私の伯母が、若いころ霊南坂教会に通っていて、小崎弘道から洗礼を受けたというのを、賀川豊彦と間違えて、何かの縁だと思って見学したのである。つまり、小崎弘道より、賀川豊彦の方が有名だから間違えたということである。若き日の大宅壮一が賀川豊彦の社会活動に参加し、その後、別の社会運動に参加して彼から離れたあとも、また戦後「あやしげな評論家」になった後も、香川を尊敬し続けたというのは、香川の偉大さを物語るものだと思っている。

 伊藤邦武/山内志朗/中島隆博/納富信留(編)『世界哲学史3-―中世Ⅰ 超越と普遍に向けて』(ちくま新書)を読み終える。グローバルな視野から、「哲学」の歴史を見直そうという企画に基づく書物であるが、西欧とアラブ世界の「中世」の思想について触れた部分が一番興味深かった。

 『NHK高校講座 古典』は『平家物語』の第2回で、「忠度卿都落ち」の段を読み終えた。木曽義仲の軍勢が都に迫り、平家一門は都を捨てて西国に落ち延びていく中で、忠度は途中からわずかな郎等を従えて引き返し、和歌の師匠であった藤原俊成の邸を訪れて、自分の歌を書き記した巻物を託す。勅撰和歌集が編纂されることになったらこの中から一首なりとも自分の歌を載せてほしいというのである。忠度の歌の技量を知っている忠度が請け合うと、もう思い残すことはないと言いおいて忠度は去ってゆく。
 その後、戦乱が収まった後、『千載和歌集』が編纂されたとき、撰者であった俊成は忠度の歌を一首採用したが、朝敵として討伐の対象となった人物の作品なので、詠み人知らずとして載せた。
 俊成が選んだ「さゞ波や志賀の都は荒れにしをむかしながらの山ざくらかな」は、たしかに〔当時の貴族風に技巧を凝らした〕うまい歌ではあるが、それよりも、『平家物語』に紹介された一の谷の合戦で忠度が岡部六弥太に打ち取られた際に、彼は名を明かさなかったのだが、残された箙に書き付けられた歌によって忠度であることが分かったというその歌「行き暮れて木の下かげを宿とせば花や今宵のあるじならまし」の方が〔武士としての実感の籠もった〕いい歌だと思うのだが、いかがだろうか。

 東海林さだお『ひとりメシ超入門』(朝日新書)を読み終える。『週刊朝日』に連載された食べ物エッセーをまとめたもの。書中に掲げられている「ひとりメシ十則」というのがなかなか面白い。「五、常在戦場 逆上、アセリを最高の友とする」などというあたりが、いかにも東海林さんらしいと思う。

3月29日
 『日経』のコラム「春秋」に永井荷風が(特に太平洋戦争中)市井の噂に聞き耳を立てて、日記『断腸的日乗』に書き留めていたことが記されている。NHKラジオ第二放送『朗読の時間』で荷風の『ふらんす物語』の朗読を聞いていたのが、昨夜で(再)放送が終わったところなので、外界の事物への彼の興味のもち方、描き方についていろいろと考えるところがあった。何より、荷風が多くの本を読み、また演劇を見たり、さまざまな経験を求めて探索を重ね、その結果についての詳しい記録を残そうとしているところに、文学者としての彼の出発点を見るのである。

 川平敏文『徒然草』(中公新書)を読み終える。書き手である兼好法師の伝記をめぐり、通説を修正して小川剛生さんの説に従っている点も特色の一つではあるが、それ以上に、この作品の受容のされ方の変容と、「つれづれ」という言葉の意味の変化(あるいは揺れ)について詳しく追いかけているところが興味深い。〔機会を見つけて、この書物については詳しい分析を試みるつもりである。〕
 教科書によく採用される「ねこまた」の章段をめぐり兼好は連歌というものにいい感情をもっていなかったのではないかという解釈が述べられていたのが特に面白かった。晩年(おそらく『徒然草』執筆後)の兼好は連歌の大成者として知られる二条良基とも交流があったからである。そう言えば、小川剛生さんが『二条良基』(吉川弘文館人物叢書)という本を出しているので、これも読んでみなければならないだろう。
 兼好法師のことを小説に書きたいと思っているのだが、なかなか構想がまとまらない。二条良基のような伝統文化を守っているという自負のある人たちからは適当に利用され、高師直のような現実主義者からは役立たずといわれながら、自分なりのものの考え方の道筋をつらぬこうとする兼好を描こうと思うのだが、なかなか着想の火花が現れない。

3月30日
 まだ新年度になっていないのだが、NHK,ラジオ第二放送の語学番組は新年度の番組の放送を始めた。昨年度に引き続き、『ラジオ英会話』、『入門ビジネス英語』、『遠山顕の英会話楽習』、『高校生からはじめる「現代英語」』、『実践ビジネス英語』、(『ボキャブライダー』、『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』、『英会話タイムトライアル』、『世界へ発信 ニュースで英語術』)、『まいにちフランス語』、『まいにちスペイン語』、『まいにちイタリア語』を聴き、今年度は『ポルトガル語入門』も聴いてみようと思っている。

 『朝日』朝刊の「しつもん ドラえもん」で、世界の「標準時」の基準となっている英国のグリニッジ天文台のことが取り上げられていた。この天文台の初代の台長がティコ・ブラーエを尊敬していて、天体についての詳細な観察を行ったジョン・フラムスティードで、グリニッジが世界の時間の標準になったのも彼の功績によるところが多いという。二代目の台長がニュートンの友人で科学の多くの領域にわたって業績を残した(ハレー彗星にその名を残している)エドモンド・ハレーである。3代目以下の台長も有名な天文学者らしいのだが、私が知っているのは最初の2人だけである。

 本郷和人・門井慶喜『日本史を変えた八人の将軍』(祥伝社新書)を読む。本屋で見かけて面白そうな本だと思って、その期待を裏切られなかった。プロのプロに対する批評の本、しかも異種目のプロ同士による多次元的なやりとり、具体的には、気鋭の歴史学者と直木賞作家との対談である。坂上田村麻呂、源頼朝、足利尊氏、足利義満、(将軍になったかもしれないが、ならなかった)織田信長&豊臣秀吉、徳川家康、徳川吉宗、徳川慶喜、西郷隆盛を取り上げて縦横に論じている。〔どういうふうに勘定すると8人になるのか難しいところがある。〕

 ブログ訪問をしていたら、「しん」さんの「『しん』の思考亭」のなかの「今回も支給対象者とならない公算大…」という記事に出会って、同じことを考えている人がいるなぁと思った。〔3月31日の『東京』は「社説」で「現金給付 全世帯を対象に素早く」と主張しているが、金額を想定して、買い物リストをつくって待ち受けている私としては、まったく賛成である。〕

3月31日
 『東京』朝刊によるとコミュニケーション能力を一番試されるのが「断り方」だそうだ。頼まれた仕事を「気持ちよく断れる人」は能力が高いという。いちばん能力が低いのは、なんだかんだ言っても、断れずに仕事を押し付けられてしまい、その仕事をきちんとこなすことができずに、まわりに迷惑ばかりまき散らして終わる人ということになる。今、いろいろと話題の主になっている森法務大臣も、自分は断ることが下手だとどこかで言明しているらしい。しかし、考えてみれば、その人の能力をしっかりと見極めずに、仕事を押し付けるほうにも問題があると思うのは、私もどちらかというと「断るのが下手」な人間であるからかもしれない。
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兼好法師の小説化

 面白そうですね。ぜひ書いて読ませてください。「樹宴」がいつでも掲載します。
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