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木村茂光『平将門の乱を読み解く』(13)

3月27日(金)曇り

 承平5(935)年から天慶3(940)年まで続いた平将門の乱は、武士最初の乱とされる。この書物は乱の経緯ではなく、その歴史的な意義を読み解こうとするものである。特に将門が「新皇」即位を宣言して、坂東8か国の国司を任命したこと、その際に彼の即位を正当化する存在として八幡神と菅原道真の霊が持ち出されたこと、また朝廷がこの乱を鎮圧するために王土王民思想を持ち出したことなどが、書物の主題とかかわって掘り下げられてきた。

「冥界消息」と蘇生譚の世界
 『将門記』の「冥界消息」
  「冥界消息」と蘇生譚
 『将門記』の本文は、平将門の敗北と首の入京とを記した後、将門一代の評価、将門の残党の追捕、そして乱後の源経基・藤原秀郷・平貞盛らの賞罰を記して終わる。しかし、それだけでなく、その後に冥界に堕ちた将門からの手紙「冥界消息」が載せられている。
 木村さんは、この将門の乱の直後に、将門がらみでは『僧妙達蘇生注記』、天神信仰とのかかわりでは『道賢上人冥途記』(『日蔵夢記』と、複数の冥界譚、蘇生譚が残されていることに注目する。将門の「冥界消息」は冥界からの手紙であるが、妙達と道賢の場合は一度冥界に堕ちたものの、その後蘇生して冥界の様子を語っているというところに特徴がある。さらに将門の子孫の中に、冥界に堕ちた後に蘇生したという伝説や、救済されて極楽に赴いたという伝説をもつものがいることも注目される。したがって『将門記』における将門の「冥界消息」は、これらの性格の共通性のある文献との関係において考察されるべきだという。

  『日本霊異記』の冥界譚
 冥界譚・蘇生譚とは、さまざまな要因によって冥界、多くは地獄に堕ちた後、生前に仏や経典を供養した功徳によって数日後に蘇生し、冥界での経験を語って周囲の人々に信仰を勧めるとともに、本人もいっそう仏や仏教に帰依して供養した、という内容の仏教説話の一種である。
 中国の仏教説話集の影響を受けて、日本でも奈良時代になるとこの種の説話集があらわされるようになった。その代表が9世紀の前半に薬師寺の僧景戒によって、編纂された『日本国現報善悪霊異記』(『日本霊異記』)である。
 この書物には116話の仏教説話が掲載されているが、そのなかの14話が冥界譚に分類できる。とはいうものの、その内容は多様であった。このような冥界譚が10世紀に入り、浄土教が普及するようになった時期につくられたのが『将門記』における「冥界消息」である。

  平将門の「冥界消息」
  将門の「冥界消息」は2つの部分から構成されている。前半は「田舎人」が「中有(ちゅうう)の使」の便りとして伝えた冥界における平将門の消息であり、後半ではこの消息の異本などが紹介されているという。
 前半に記されているところでは、将門は前世に犯した悪行のおかげでその身を剣の林の中に置かれたり、鉄の囲いの中で肝を焼かれたりする責め苦にあっているが、生前に金光明経1部を誓願したおかげで、一時的に苦しみを逃れる時間があるという。
 『日本霊異記』に出てくる冥界譚の人物は、蘇生して冥界の様子を語るのだが、将門の場合には蘇生しない。これは、彼が実際に誅殺されたという事実によるだけでなく、犯した罪が重いということによると考えられる。
 しかし、彼は生前に金光明経を書写したことがあり、また兄弟妻子に善行を積むように勧めることによって彼らだけでなく、自分自身の救済の可能性を探っているようにも思われる。

  『僧妙達蘇生注記』の特徴
 これは出羽の国の龍華(りゅうげ)寺に住む法華経の侍者僧妙達が天暦5(9)年に突然入滅して閻魔庁に至り、閻魔王から日本国中の人々の善報と悪報を聞いて7日後に蘇生し、現世の人々にそのことを詳しく話して多くの信徒を得て、多大な善業を施した、という話である。
 この書物の特徴は、妙達が閻魔王から聞いた善報と悪報を受けた多くの人々(80~90人)の話が記載されているところにあるが、大石直正によると、善報を得た人物は俗人が多く、悪報を受けた人物には僧侶が多いこと、そのなかでも天台寺院の別当や座主という高い地位にある僧の行状が痛烈に批判され厳しい悪報を受けていることから、「既成の天台宗の教団の在り方をつよく批判し、法華経の信仰を広めようとしている」(190ページ)のだと考えられる。

  『僧妙達蘇生注記』の具体例
 具体例を見ていくと、上野の国の三村正則という人物は『大般若経』の書写、橋の架橋、井戸の開削などの善業によって、天帝釈の宮に生まれ変わったという。これに対し、信濃の国のある僧侶は、寺物である米やもち、油を私用に用いたため、悪報を受けて顔八面の大蛇に生まれ変わったという。

  藤原忠平・平将門・天台座主尊意
 『僧妙達蘇生注記」に登場する人物は出所不明な例が多いが、歴史上知られた人物も登場する。
 まず、太政大臣忠平(菅原道真を失脚させた時平の弟で、将門の主人でもある)は人事を勝手に行った罪により頭九の龍になってしまったという。「何を根拠にしているかは不明だが、当時の最高権力者に対する厳しい批判といえよう。」(182ページ)
 次に将門であるが、彼は東国の「悪人之王」であったが、前世に功徳を積んだ善報により天王となったという。ここでは将門は救済される対象になっている。
 最後に天台座主である尊意は天皇の命によって「悪法」を修して、将門を死に至らしめた報いによって「十一劫」というきわめて長い時間、人間の身に戻ることができず、将門とずっと合戦をし続けなければならないという。
 当時の権力者たちが強い批判の対象となっている一方で、その権力者たちに対して戦いを起こした将門は「悪しき人間」と認識されながらも、救済の対象とされる存在だったのである。木村さんは「ここに『将門伝説』の端緒を見出すこともできよう」(194ページ)と論じている。

 「平将門の乱」の歴史的な意義ということになると、同時代および後世の人々がどのように将門と彼の行為を評価したかということが問題になるが、ここで木村さんは冥界譚・蘇生譚という仏教説話の世界における将門の消息を探り当てながら、彼を「悪人」歳ながらも、当時の権力者に対して反抗したことの意義を評価する人々がいて、それが後世における将門伝説の形成・伝播へとつながっているとの見解を展開している。では『道賢上人冥途記』の場合はどうか。この史料については、『太平記』の中でも触れたことがあるが、次回、また取り上げることとしよう。 
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