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『太平記』(306)

3月16日(月)晴れ、三ツ沢グランドの陸橋付近から頂上に雲を被った富士山が見えた。午後になって一時曇り。空模様はまずまずだが、風が冷たい。

 貞和5年(南朝正平4年、西暦1349年)2月、清水寺が炎上、6月11日には四条河原の田楽桟敷が倒壊して多くの死者が出たが、それは天狗の仕業と噂された。足利直義は信頼を寄せる禅僧の妙吉侍者や、近臣の上杉重能、畠山直宗らの讒言を真に受けて、執事である高師直の暗殺を企てたが失敗し、逆に師直・師泰兄弟をはじめとする大名たちの「御所巻」に会い、三条の館を出て出家して錦小路堀川に蟄居することになった。上杉・畠山は越前に流罪となり、配所の江守庄で討たれた。
 事変に先立って羽黒山伏の雲景が愛宕山で不思議な経験をして、未来記を記していた。

 雲景が愛宕山で出会った不思議な山伏=おそらくは、天狗は、王法は平家の時代に滅びて、今は武力でしか天下を制することはできないのに、権力欲だけに駆られて後醍醐院は鎌倉幕府を倒すことを企てられ、幕府の運が尽きていたので企ては成功したが、すでに武士の世の中になっているという流れを理解されなかったために、その後の親政は一時で失敗した。
 皇位継承の徴である三種の神器は、国を守り治めるための宝器であるが、平家滅亡に際して安徳帝が入水された際にそのなかの剣が失われてしまった。これもまた武士が天下を支配するという流れの一つのあらわれであったなどと語る。

 今や「三種の神器、徒(いたず)らに微運の君に随(したが)つて、空しく辺鄙外土(へんぴがいど)に交はり給ふ」(第4分冊、321ページ、三種の神器は神威を発揮することなく南朝の帝に従って、空しく都の外の地=吉野に留まっている)。これは神々がわが国を見捨てられ、帝のご威勢がまったくなくなったことの徴である。「国を受け給ふ主(あるじ)に随ひ給はぬは、国を守らざる験(しるし)なり。」(第4分冊、321ページ、北朝の帝に三種の神器が従っていないのは、国を守らないという証拠である)。それは三種の神器をもたずに即位した後鳥羽院が勝利し、持っていた安徳帝が敗北した例を思いだせばいい。今の世の中は王法が行われなくなっているので、神のご加護もないのであるという。

 雲景はこれは大変な世の中に生きているものだと思いながら、世間では尊氏と直義が高師直のことをめぐって対立するようなことを言っているが、この先はどうなるだろうか、仏神のお計らいはどのようなものかと問う。
 山伏は、自分は仏神ではないから未来のことを知るはずもないが、妙吉侍者のことは、事が差し迫っていることを言っていたので、必ず、目を驚かすほどの不思議な事件が起こるだろうと予想できる。どちらに道理があり非があるかは、先に言ったとおり、今は末世で、道理にはずれた邪な振舞があふれているので、どちらが正しく、どちらが間違っているとはいいがたい。というのは、武家が帝王を軽んじており、その武家の大将たちを執事やその他の家来がないがしろに扱う、末代においては同じことである。こういうことはあり得ないことではない。とはいうものの、今時は大地が天を飲みこむような大変事が起きる、いかにも下克上(下位の者が上位の者を倒して権力を握ること)の時勢であるので、下のほうが勝つだろうという。

 それでは下の者が上の者を倒して、勝手気ままにふるまうことになるのかと雲景が問うと、いや、そういうことにはならない。末世乱悪の時勢なので、下の者が上の者を倒すが、上下の秩序を破壊するしたという罪を逃れがたいので、今度はそのことを問われることになる。これからしばらく公家と武家の立場はにわかに異変があって、大きな逆乱があるだろうという。
 それでは武家の時代が終わって、再び帝が天下を治める時代が来るのかと問うと、山伏は、それはどうもわからない。今日か明日のうちに武運が尽きてしまうという時勢でもないとはいえ、南朝の治世はどうなることやらわからない(どうにもならないだろう)。天がもたらす異変はまさしく近いうちに起きるだろうという。

 雲景がさらに未来のことを聞こうとすると、客来だと周囲があわただしくなり、雲景も辞去したほうがいい雲行きになってきた。それで立ち去ろうとして、自分をここまで連れてきた山伏に「これまで、あのように未来のことを鏡で見るように予言された方はどなたでしょうか」と当た。すると「もう隠しておけないから話すが、あれは人々が噂している愛宕山の太郎坊という天狗である。上座に席を占めている高僧たちは、諸宗の方々が混じっておいでで、奈良時代の玄昉、平安時代に入ってからの真済、寛朝、慈恵、頼豪、仁海、尊雲(護良親王)らの方々である」(恨みをもって憤死した高僧が多い)、その上に玉座を並べてお座りになっていらっしゃるのは淡路の廃帝(奈良時代に恵美押勝に擁立されて帝位についたが、孝謙上皇によって廃位された、後に淳仁天皇と諡された)、後鳥羽院、後醍醐院、それぞれが次第の昇進を遂げられて悪魔王の棟梁におなりになった。やんごとなき賢帝たちである」と説明したので、雲景はそれを聞いただけでも身の毛がよだってしまい、恐る恐るいとまごいをして、寺の門を出たと思ったら、夢からさめたような気分になり、もといた平安京の大内裏の跡の、椋木の巨木の下に立っているのに気づいた。

 雲景はぼんやりとした気分のまま、宿坊にたどりついて〔大内裏の跡は都の北西部にあり、彼の宿舎の今熊野は南東部にあるので、そうとうな距離を歩いたことになる〕、どうも自分は天狗たちの世界に迷いこんだらしい、不思議なことを聞いたので、それを思い出せる限り書き留めておこうと、一部始終をまとめて、その裏に貞和5年閏6月3日と記した。
 天狗が云ったように、神が恵みを垂れたのであろうか、6月11日に四条河原の桟敷が崩れて死傷者が出たが、次の日に激しい大雨が降り、河原の地や穢れを洗い流して、6月14日の山鉾巡幸の道を清めたのは不思議なことであった。末世とはいっても、やはり仏神のご加護・ご利益はあるのだと思わない人はいなかった。〔河原の死体や残骸が流されたのが、幸運であったかどうかは疑問である。〕 『太平記』は南朝びいきの書物と言われるが、今回紹介した箇所を詳しく読んでいけば、そうでもないという印象が強くなるはずである。

 〔前後がまったく混乱した描き方になっているが〕これらに加えて、同じ年の6月3日に石清水八幡宮(京都府八幡市)の宝殿が辰野国から酉の刻(午前8時ごろから午後6時ごろ)まで鳴動しつづけた。留まることなくなり続けたうえに、(神が放つ)鏑矢が都の方角へと飛んでいく音も聞こえたので、これは前例のないことであると社務が注進した。さらに6月10日から太白(金星)、辰星(水星)、歳星(木星)という季節の運行を司る3つの星が1列に並んだので、「間もなく、大きな争乱が起き、天子が位を失い、大臣が災いを受け、子どもが父親を殺し、臣下が主君を殺し、飢饉、疫病、兵乱の禍が襲いかかるだろう。これは重大な予兆である」と、陰陽師と宿曜師たちが密奏した。
 不吉な前兆が続いて、(北朝の)帝はお心を悩まされ、大臣たちは肝を冷やしていたところ、さらに6月5日には、空に電光が走るという怪異があった。人々は、このようなことが続くのは、これから大きな返事が起きる予兆だろうと恐れおののいたのであった。

 こうして第27巻は終わる。大乱≃観応の擾乱の予兆が描かれてきた。前々回に、「三条殿(直義)と執事(師直)との不快は、一両月を過ぐべからず」(第4分冊、314ページ)とあるのを、「直義と師直の不和は、一、二か月も続かないだろう」と解釈したと記憶するが、これは「一、二か月も経たないうちに本格的なものになるだろう」と解釈すべきであった。ここに訂正する。金星、水星、木星が一直線に並ぶ現象が実際に起きたかどうかは、おそらく天文学者による研究があるはずで、どなたかご存知の方がいらっしゃればご教示ください。3月13日のこのブログでは付記するのを忘れましたが、安倍首相は北条歴代のだれに似ていると思うかというアンケートにご協力いただければ幸いです(答えにくければ、好きとか、興味あるとかいう回答でも構いません)。〔コメントとしてお寄せください。〕
北条歴代:①時政、②義時、③泰時、④時頼、⑤時宗、⑥貞時、⑦高時、⑧時行
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惑星直列

こんばんは。
はじめてコメいたします。
「金星、水星、木星が一直線に並ぶ現象」は惑星直列のことでしょうか?


1307年 3月27日 から5月17日の 52日間
にあったようです。
貞時 高時の時にあたるのですね。
貞時の頃。ハレーすい星もあるのですね。

1301年10月25日 『鎌倉年代記』 正安3年条
中原師守『師守記』 に観測記録




Re: 惑星直列

コメント=ご教示を有難うございました。
国立天文台のサイトによると、惑星直列という言葉は天文学用語ではなくて、はっきりした定義はないようですが、そう言っていいだろうと思います。
> 「金星、水星、木星が一直線に並ぶ現象」は惑星直列のことでしょうか?
>
鎌倉時代の終りにこのような現象があったとのこと、『太平記』に記されているのは1349年のことなので、時間が離れすぎているようにも思われますし、判断に苦しむところです。
> 1307年 3月27日 から5月17日の 52日間
> にあったようです。
紹介していただいた中で、『師守記』は南北朝時代の同時代的な記録なので、該当する箇所があるのかもしれません。
> 貞時 高時の時にあたるのですね。
> 貞時の頃。ハレーすい星もあるのですね。
>
> 1301年10月25日 『鎌倉年代記』 正安3年条
> 中原師守『師守記』 に観測記録
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