FC2ブログ

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(35)

3月15日(日)朝のうちはまだ雲が多かったが、次第に晴れ間が広がる。

 今回から第3巻に入る。いよいよ物語の展開から目が離せなくなるので、これまでのあらすじを簡単にまとめておこう。
 19世紀初頭のイングランド。フランスとの間に軍事的な緊張が続いていたために、正規軍のほかに義勇軍が組織され、それが各地に駐在していた。その一方で国王(ジョージⅢ世)や王太子(後のジョージⅣ世)は贅沢で派手な暮らしぶりで、そのことが社会・文化に影響力を及ぼしていた。
 物語はロンドンの北にあるハートフォードシャーのロングボーン*という村の地主であるベネット氏の次女・エリザベスを中心に展開される。美しさでは姉のジェインに劣るとはいうものの、頭がよく、機知に富み、明るい性格の彼女は、近くの町メリトン*で開かれた舞踏会でダービーシャーの大地主であるダーシーという青年と出会う。ロングボーンの近くの邸を借りた友人ビングリーから、エリザベスと踊るように勧められたダーシーは、「まあまあってとこだな。だがこの僕を踊りたい気にさせるほどの美人ではないね。」(大島訳、31ページ)と言って、断る。エリザベスは深く傷ついたわけではなかったが、ダーシーにいい印象も持たない。「高慢」と「偏見」の出会いである。
 財産相続をめぐる取決めのために、ベネット家の家屋敷を相続することになっているコリンズという青年が、ケントのハンズフォード*の教区牧師の職を得たことから、ベネット家の5人の娘たちのうちの1人と結婚しようと考えて、一家を訪問する。そしてエリザベスに求婚するが、彼の尊大さと卑屈さが混ざり合った性格を嫌ったエリザベスは拒否する。コリンズはベネット家の隣家のルーカス家の長女シャーロットに慰められ、そして結局、彼女と結婚することになった。
 エリザベスはダーシーを子どものころから知っているというウィッカムという義勇軍の士官と知り合いになり、惹かれあう。しかし、彼は別の女性に興味を移し、2人は別れる。シャーロットの招待を受けて、エリザベスはハンズフォードを訪問し、コリンズのパトロンであるキャサリン・ド・バーグ夫人の邸で、ダーシーと再会する。キャサリン・ド・バーグ夫人はダーシーの叔母であり、自分の娘と彼を結婚させたがっている。
 いったんはエリザベスに魅力を感じないと言い放ったダーシーであったが、その後次第に彼女の魅力を認識しはじめていた。そして、ケントを間もなく離れるというときに、彼はエリザベスにぎこちなく求婚するが、エリザベスは彼女を取り巻く様々な事情を理由として、それを断る。ダーシーは、エリザベスから受けた非難への弁明の手紙を残してロンドンへと去っていく。
 ダーシーの手紙により、エリザベスは彼(と、ウィッカムと)を誤解していたことを知る。ロングボーンに帰った彼女は、ウィッカムからよりを戻そうと働きかけられるが、もはや彼を相手にしようとはしない。ウィッカムたちの連隊は、当時の王太子が休暇を過ごしていた保養地であり、港町であるブライトンへと移動していくが、ベネット家の5番目の娘であるリディアも招待を受けて、彼らに同行する。
 エリザベスは叔父であるガードナー氏夫妻(ガードナー氏はベネット夫人の弟である)とともに、イングランド北部への旅行を計画していたが、その日程が短縮されて、ダービーシャーまでの旅行となった。ダービーシャーにあるダーシーのペムバリー*邸も訪問先に含まれることになり、これまでの経緯から彼と顔を合わせたくない彼女は躊躇するが、ダーシーが不在だということを確認して、訪問に参加することにした。

 「馬車が進むにつれて、エリザベスはペムバリーの森が見えて来るのを軽い胸騒ぎを覚えながら待ち構えていたが、やがて門衛小屋の脇を通っていよいよ敷地内に入ったときは、昂奮に胸をときめかせていた。
 庭園(パーク)は実に宏大で、地形もさまざまな変化に富んでいた。馬車は敷地の最も低まった所から入り、左右に拡がる美しい森が延延と続く中を暫く走っていった。」(大島訳、415ページ) エリザベスは庭園の様子に感心していたが、やがて視界の中にペムバリー・ハウスが入ってきた。大きな石造りの建物であったが、自然が損なわれていない周囲の景観と調和した安定した様子を見せていた。「そのときエリザベスはふと、ペムバリーの女主人になるのは悪くないかも知れない、という気がした。」(大島訳、416ページ、一瞬、そう思ったということであろう。エリザベスの一瞬の心理の動きをとらえた描写と見るべきである。)

 「馬車は丘を下り、橋を渡って、館の玄関口を目指して進んだ。」(同上) 近づくにつれて、エリザベスはまたもやこの家の当主と顔を合わせるのではないかと心配になりはじめた。玄関先で、邸内を拝見したいと申し出ると、玄関広間(hall)に通された。女中頭(housekeeper)を待っているあいだ、エリザベスはなぜ自分がここにいるのだろうと不思議な気分がしていた。
 女中頭がやってきたが、彼女は気品のある年輩の夫人で、服装は思っていたよりも地味であり、応対も同様に丁重であった。彼女に案内されて邸内の部屋を見て回ったが、部屋の様子や家具調度など立派なものであったが、必要以上に華美なものではなく、当主の趣味の良さが現われていた。エリザベスもその趣味の良さには感心しない訳にはいかなかったが、自分がもしダーシーと結婚してこの邸の女主人になったら、商人である叔父夫妻を招くなどということはできなくなるだろうとも考えて、気を取り直した。

 エリザベスは、当主がいつ戻って来るかを尋ねたくて仕方がなかったが、聞くわけにもいかず、幸いに叔父がその質問をしたところ、今は留守にしているが、明日になったら大勢の友人たちを連れて戻ってくるはずだとの答えが返ってきた。エリザベスは、一日違いで鉢合わせを免れたことを喜んだ。
 その時、部屋に飾られている肖像画の一枚を見つけた叔母が、エリザベスに話しかけた。その肖像画はウィッカムのものであった。女中頭の話では、彼は先代の当主の執事の息子で、先代が自ら費用を出して養育されたのだという。「今は軍隊に入っていますが・・・生活が大分乱れておいでのご様子です。」(大島訳、418ページ)
 それを聞いた叔母はエリザベスに向かってほほ笑んだが、エリザベスは微笑み返す気にはなれなかった。

 女中頭は、一同の注意を別に肖像画に向けさせる。それはダーシーの肖像画で、8年ほど前に描かれたという。説明を聞いた叔母は、この邸の当主が美男だという噂は聞いているが、肖像画がどのくらい本人に似ているかは実際に会ったことがあるエリザベスならばよく知っているだろうと、彼女に水を向ける〔これはダーシーから求婚されたことがあるエリザベスにとってつらい質問である。〕 女中頭は、彼女が当主と知り合いだということを知って、認識を改めた様子である。そして、2階の画廊に行けばもっと立派な肖像画が見られるという。今、彼らがいる部屋は先代の当主が好んだ部屋で、先代の在世当時のままにしてあるのだというのである。 

 それから彼女はミス・ダーシー(ジョージアナ、ダーシーの年の離れた妹)の肖像画に目を向けさせる。彼女が8歳のころ(ということは、ダーシーやウィッカムの肖像画と同じく8年前)に描かれたものだという。(やはり、ダーシー兄妹の父親の生前に描かれたものだが、その絵から、現在の彼女の姿を想像するのは少し難しいかもしれない。多分、そのために)叔父がミス・ダーシーも兄と同じように美しい(handsome)かと聞くと、「あんなにお美しくて、しかもあれほどの才藝を身に附けたお嬢様はまたと見られません!」(大島訳、420ページ)という答えが返ってくる(なぜか大島さんは、「才藝」と「藝」の字を旧字体にしている。「身に附けた」というのも「身に付けた」とするほうがふつうではないか)。ミス・ダーシーは特に音楽が好きで一日中ピアノを弾いているという。隣の部屋にダーシーが妹のために求め入れた新しいピアノが置いてある、ミス・ダーシーも次の日に戻ってくる予定だという。

 ガードナー氏は持前の気さくで愛想のよい態度で、話好きらしい女中頭からいろいろな話を聞き出した。ダーシーは1年のうち半分ほどしかこの邸には滞在せず、ミス・ダーシーも同様だが、夏になると決まってペムバリーにやって来るという。「但し、ラムズゲイトにへ行く時を除いてね」(大島訳、420ページ)とエリザベスは内心で付け加える。
 ラムズゲイトはケントの南海岸にある保養地で、ミス・ダーシーは1年ほど前にここに滞在している時に、ウィッカムと駆け落ち未遂をしたことが第2巻第12章(第35章)で語られていた。ダーシーに対する印象を改めかけていたエリザベスであるが、ミス・ダーシーの方には会ったことがないし、高慢な令嬢ではないかという予測が付きまとっている。それで、彼女のことをダーシーをあきらめる理由にしようとしているのではないかと思われる。小姑の存在は結婚の障害となりうるというのは、イングランドでもいえることかもしれない。

 ところがエリザベスのそんな心の中の動きをよそに、ガードナー氏はこんなことをいう。
「御主人も結婚なされば、こちらにおられることが多くなるでしょう。」
「たしかに。でもいつのことになりますやら。うちのご主人に相応しい女性がそうはいるとも思えませんので。」(大島訳、420ページ)
 自分の主人を誇りに思う気持ち=少し後で出て来る言葉を使えば、family prejudice (主家贔屓)だと思ったガードナー夫妻は微笑したが、利害関係のあるエリザベスにとっては聴き逃せない言葉である。「あなたのようなかたからそんな風に思われているなんて、ご主人にとっては大変な名誉ですね」(大島訳、420‐421ページ)。これに対して女中頭は、自分は嘘偽りのないことを言っているだけだという。エリザベスは褒め方が少し大げさではないかと思ったが、女中頭は、ご主人には彼が4歳の時から知っているが、不機嫌で気難しいことを言われたことはないという。

 これはエリザベスが、これまで抱いていたダーシーについての見方とまったく反対の観察であった。彼女はダーシーが気難しい人間だと思っていたからである。〔つまり、ダーシーが身内には優しいが、外の人間には気難しいというタイプの人間だということではないか。もっとも、エリザベス自身が、外の人間にどう思われているかというのも問題である。彼女は、気難しいとは思われていないけれども、ミス・ビングリー(ジェインの愛するビングリーの妹)が言うように、油断のならない存在であるのかもしれない。ただしミス・ビングリーはダーシーと結婚したがっている女性だから、彼女の意見からその点を割引する必要はある。〕 もっと話を聞いてみたいと思っていたところ、叔父がさらに話を進めた。そこまで褒めてもらえる主人というのはなかなかいないものだ、あなたはそのような主人をもって幸福ではないかという。女中頭は、その通りだ、彼は子どものころから気立てがよかったし、大人になってもそのことは変らないという。

 これを聞いていよいよエリザベスは、信じられない気持ちでいっぱいになる。女中頭は家の中のことをいろいろと説明するのだが、エリザベスはそんなことは頭にはいらなかったし、ガードナー氏も女中頭の言っていることは一種の主家贔屓だろうと思ったので、もっと彼女の主人に対する論評を聞きたがった。女中頭は、自分の主人が小作人たちや召使から慕われている立派な地主であるという。それが本当のことであればと、叔母はエリザベスに囁いた。ウィッカムの言っていることは嘘だったということになる。エリザベスは彼女特有の機知でそれにこたえる。

 それからたいそうきれいな居間(sitting-room)に案内される。それはミス・ダーシーの部屋で、妹が気に入るようにとダーシーが最近、改装させたのだという。ダーシーは本当に妹思いだとエリザベスは言い、女中頭は彼が妹のためならばどんなことでもすると付け足す。それから画廊を見せてもらうが、エリザベスは絵が分からないので、ミス・ダーシーが描いたという何枚かのクレヨン画を見て、こちらの方が分かりやすいと喜んで眺めた。〔ミス・ダーシーに対する気持ちが少し変わったということかもしれない。〕
 それからダーシー家の一族の肖像を見たが、彼女が興味をもつことができたのは自分が知っている、ただ一人の人物の肖像だけであった。そして、その肖像を見ているうちに、彼女には何やらやさしい感情がこみあげてきた。自分は実は、彼に対して誤解を抱いていたのではないか、彼から愛の告白を受けたことを懐かしく思いだし、彼が彼女に対して向けた愛情に感謝し、そのときの不躾な言い方を許せるような気持ちになった。

 こうして一同は、建物のなかの見学を済ませ、今度は庭を見せてもらうことになる。そこではエリザベスが予期していなかった出来事が起こるのだが、それがどのようなものであったかはまた次回に。
 第3巻第1章(第43章)は中公文庫版の大島利光訳で24ページという長さであるし、物語の展開にとっても重要な部分なので、3回に分けて紹介する。エリザベスには叔父夫妻にも、案内をしてくれている女中頭にも隠しておかなければならない秘密があり、そのため、ペムバリー訪問は彼女だけでなく、読者にとってもスリルに富んだものになっている。彼女の気持ちはしだいにダーシーへの思慕へと傾いているが、そのたびに、いろいろな障害を思い浮かべてあきらめようとする。特にまだ会っていない、ダーシーの妹、もし結婚すれば小姑になる女性の存在が重要である。そのあたりの心理描写がなかなか手が込んでいる。
 女中頭はレノルズ夫人(Mrs. Reynolds)というが、これは18世紀の有名な肖像画家にヒントを得た命名(この前後でダーシー一家の肖像画が紹介されるところから思いついた、作者の遊び)であろう。*をつけてあるのは、架空の地名で、ついていないのは実在している場所だとご理解ください。
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR