FC2ブログ

ルーカーヌス『内乱――パルサリア――(上)』(17)

3月14日(土)雨、また寒さが戻ってきた

 ローマ白銀時代の詩人ルーカーヌス(39‐65)の現存する唯一の作品であるこの叙事詩は、作者の死によって未完に終わったが、ローマ共和政末期・紀元前1世紀の半ば、グナエウス・ポンペイウス・マグヌスとガイウス・ユリウス・カエサルの間で戦われた内乱を描き、「敬虔、正義、法、平和の支配するローマの永遠の統治の到来を予告した建国叙事詩『アエネーイス』への文字どおりのアンチ・テーゼ――亡国叙事詩――であった」(大西英文「ルーカーヌス」、松本仁助・岡道男・中務哲郎編『ラテン文学を学ぶ』、Ⅳ‐2‐A、203ページ)といわれる。
 紀元前50年11月、ローマのポンペイウスと元老院によってガリア総督の地位を解かれたカエサルは、イタリアとガリアの境界であるルビコン川を軍隊を率いて渡り、ポンペイウス派に対する内乱を企て、ローマに迫ろうとする。ポンペイウスや元老院議員の多くがローマから逃亡し、市内は混乱に陥る。(第1巻)
 ポンペイウスは反撃を図るが、彼の派遣した軍隊は各地でカエサル軍に敗れ、ついにギリシア西部を目指して、イタリアから脱出していく。(第2巻)
 ローマに入城したカエサルは、サトゥルヌス神殿の予備金庫を開けて国庫から略奪を行う。一方、東方に逃れたポンペイウスは各地から味方の兵力を集める。カエサルはイベリア半島のポンペイウス派の軍隊を討伐しようとローマを離れるが、途中、ギリシア人の植民地であるマッシリアが、カエサル軍に抵抗する。カエサルは、軍の一部を残してイベリア半島へと向かい、海戦に敗れたマッシリアはカエサル軍に降伏する。(第3巻)
 イベリア半島のイレルダに本拠を置き、アフラニウスとペトレイウスが指揮するポンペイウス派の軍勢を、カエサルは山間部に追いつめ、降伏させる。(第4巻の前回まで)

 これまでカエサル軍が、ポンペイウス軍を各地で破ってきた様子を紹介してきたが、
 だが、世界じゅうで繰り広げられた戦の帰趨は一様ではなかった。
運命は、あえて、いささかの痛手をカエサルの党派にも与えた。
(第4巻、399‐400行、195ページ)
 イッリュリア(現在のクロアチア)のアドリア海上に浮かぶクリクタ島(クルク島)の好戦的な住民たちを頼りに、陣営を構えていたカエサル派のガイウス・アントニウスは、付近の海域をポンペイウス派に封鎖されて食糧の補給を阻まれた。〔このガイウス・アントニウスは、カエサルの暗殺後に、オクタウィアヌス(アウグストゥス)、レピドゥスとともに三頭政治を行ったマルクス・アントニウスの弟である。〕 

 しかし、対岸の本土の海岸にカエサル派のバシリスと彼が率いる軍勢とが進出してきたのを見て、島からの脱出を図ることになる。彼らは「巨大な荷に耐える頑丈な木を、/常ならぬ並びで組み合わせた筏」(第4巻、415‐416行、196ページ)をつくった。この筏を漕ぎ進める漕手たちは、木材の壁に囲まれているために、敵からその姿が見えないという奇妙なものである。アントニウス軍は、干潮になるのを待って筏を砂浜に運び、そして海へと漕ぎだした。

 イッリュリアの海の守備にあたっていたポンペイウス派の艦隊司令官オクタウィウスは最初に漕ぎだした3隻の筏をそのまま見過ごし、そのあとに続く軍勢を襲おうとした。彼らは昔からの戦法を用い、海面には細工をせずに、海中に綱を宙づりに渡し、綱は緩めたままにしていたが、その端を海岸の崖の岩に結びつけた。
 最初の筏も、二番目の筏もこの罠には引っかからなかったが、3番目の筏が捕らえられ、岩の方に引き寄せられていった。捕らえられた筏を、ポンペイウス派の艦船が取り囲み、また陸地にもポンペイウス派の別の軍勢が待ち構えていた。筏の指揮官であったウルティウスは刀で綱を切ろうとしたが、切り離すことができず、ついに勝ち目のない、戦いを決意することになった。
 包囲する軍勢は数千、筏の上の兵士たちは600人足らず、激しい戦闘が始められたが、すぐに日没で戦闘は停止となった。
 
 その夜、ウルティウスは部下たちに、後世の語り草になるような戦いをして自分たちの命を終わらせようと檄を飛ばす。
・・・私には、差し迫る
定めを避ける気など微塵(みじん)もない。たとえ運命が退却を許し、
この危地から解放してくれようともだ。
(第4巻、505‐507行、202‐203ページ)

 翌日、ポンペイウス派の軍勢は筏の上の軍勢に降伏した上での和睦を持ち掛けるが、すでに死を決意している兵士たちはこれを拒否、ついに戦闘が再開される。筏の上の兵士たちはわずかな兵力でよく戦い、「海と陸、同時に持ちこたえた。死を恃む/心はそれほど大きな力を与えた。」(第4巻、529‐530行、204ページ) しかし、衆寡敵せず、指揮官であるウルティウスも多くの敵兵を倒した末に、命を失う。全滅したとはいえ、彼らの勇武は敵によっても賞賛されたのであった。

 詩人はウルティウスとその部下たちの壮絶な戦いと最期を描き出すが、(どうも彼は敗者に対して熱心に感情移入するところがあるようである)、この軍勢の指揮官であったガイウス・アントニウスの身の上については語っていない。アントニウスは結局、生き残った部下とともに降伏し、赦免を受ける。
 次回は、カエサル派にとってもう一つの痛手であったガイウス・スクリボニウス・クリオの敗死を取り上げることになる。クリオは、すでに紹介したように、ルビコンを渡ったカエサルに合流し、彼に内乱をそそのかした人物である。 
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR