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ベーコン『ニュー・アトランティス』(11)

1月22日(水)晴れ

 フランシス・ベーコン(1561‐1626)はイングランドのエリザベスⅠ世とジェイムズⅠ世の治下で活躍した法律家、政治家であったが、今日では『ノヴム・オルガヌム(新機関)』などのその哲学的な著作によって知られている。この『ニュー・アトランティス』は北太平洋に想定された架空の島国を舞台として、科学が人々の豊かで道徳的な生活を支えているような社会を描こうとしたものだが、未完のままに終わっている。
 ペルーから太平洋を横断して中国・日本にむかおうとした語り手たちの船は、途中、強い南風に吹き流されて北太平洋の未知の島に漂着した。島の人々は彼らの上陸をいったんは拒否したが、彼らがキリスト教徒であり、海賊ではないこと、病人を抱えていることを考慮して、上陸を許可し、異人館と呼ばれる施設に入居させた。異人館の館長の説明によると、この島はかつては世界中の人々と交流してきたが、アメリカ大陸(プラトンの言うアトランティスはこの大陸のことだという)が大洪水に見舞われその文明が滅びた後に、鎖国政策に転じたのだという。しかし、「サロモンの家」と呼ばれる研究施設を作って地上のあらゆる知識を集め、生活を改善してきた。この島の人々はある奇蹟によってキリスト教を信じるようになり、家族を大事にし、一夫一妻制度を厳格に守っている。島に住むユダヤ人ジョアビンを介して、語り手たちは「サロモンの家」の長老が彼らの滞在している町を訪問する様子を見ることができた。

 いよいよその日が来て、長老が配下のものを従えて市中を行進した。彼は輿に乗って行進し、彼もまたその50人を越える部下たちも豪華な服装をしていた。〔前回も書いたが、ベーコンはその服装について事細かに描写している。〕 「彼(長老)は何も言わぬまま素手を挙げて人々を祝福しているようだった。通りの群衆は整然としていた。いかなる軍隊の隊列で汗も、これほど一糸乱れぬことはないであろう。通りに沿った家々の窓も同様に混みあってはおらず、人々は配置されたように窓辺に立っていた。」(川西訳、49‐50ページ)

 ジョアビンは長老の接待のために、語り手の一行から離れていったが、やがて戻ってきて、長老が彼ら全員と会い、そのなかの1人と詳しい話をするつもりで招待すると伝えた。その詳しい話をする相手としては、語り手が選ばれた。
 長老が彼らを迎えた部屋は豪華なもので、彼は一行に祝福を与え、語り手以外のものが退出すると、おもむろに口を開き、スペイン語で語り手に語り掛けた。彼は、「サロモンの家」の実情について、
 ①学院設立の目的
 ②学院の目的達成のために準備されている設備と器具
 ③学院の研究員に委ねられている業務と役割
 ④研究員たちが守る法令と儀礼
について語るという。

 まず「サロモンの家」の目的であるが、「諸原因(Causes)と万物の隠れたる動き(secret motions of things)に関する知識を探り、人間の君臨する領域(Human Empire)を広げ、可能なことをすべて実現させることにある。」(川西訳、51‐52ページ) つまり科学的な研究、それに基づいた技術の開発とその実地への応用ということである。ここで、ベーコンが人間が自然を支配する領域を広げるという考え方を述べているのは、いかにも近世的で、環境との共存・共生を目指すというより今日的な考え方からすれば批判も生まれるところであろうと思う。

 次に設備と器具についてであるが、最初に取り上げられているのは、彼らがあちこちに掘った洞窟である。もっとも深いものは600尋(fathoms, 1 fathomは1.83メートルなので、600尋は1.1キロほどとなる)もあり、そのほかに岡や山の下に掘られた洞窟もあって、丘の高さと洞窟とを合わせると3マイル(4.8キロ)の深さを持つことになる。このような洞窟を掘ることの目的は、太陽の光や空気から、特定の物質を遠ざけることにある。これらの洞窟を、彼らは「下層界」(the Lower Region)と呼んでいる。そして諸物体の凝固(coagulations)、硬化(indurations)、冷却(refrigerations)と保存(conservations)のために使用する。
 またこのような洞窟を天然の鉱山の坑道の代用として使い、彼らが使用する合成物と原料を長年貯蔵し、新しい人工金属を生産するのに役立てる。洞窟はまた、ある種の病気の治療のために、またこのような洞窟の中で生活することを選んだ隠者(hermits)のためにも利用される。どうもベーコンは洞窟の中に住んでいる方が寿命は延びると考えていたようである。そのような隠者は驚くほど長命であり、彼らから一般の人々は多くのことを学ぶのである。

 彼らはまた、さまざまな土質のところに穴を掘って埋蔵所を設けている。中国人が磁器を埋蔵しているように、様々な種類のセメントを埋めている。ここで、川西訳は「陶器」と訳しているが、原文のporcelainは「磁器」と訳すべきである。川西さんは、訳注の18でベーコンの「中国の磁器は地中に埋蔵されている沈積物で、時間の長い経過によって凝固し光沢を帯びてあのような精妙な物質と化す」(90ページ、これはもちろん、誤聞である)という文章を引用しており、本文で「陶器」と書いているのは一貫しない。
 セメントは磁器よりは種類も多く、上質のものもある。土地を肥沃にするための肥料、堆肥の類も豊富である。

 また高い塔も設けられている。「最も高いものは高さ約半マイル、高い山頂に建てられた塔もあり、山の高さを加えれば、最高3マイル以上の高さに達する。」(川西訳、53ページ) 半マイルは約800メートル。スカイツリーよりも高い。3マイルの高さということになると、アルプスの最高峰モンブランの高さに匹敵することになる。このような高所を彼らは「上層界」(the Upper Region)と呼んでおり、高地と低地の間の空間を「中層界」(a Middle Region)と呼ぶ。塔は、それぞれの高さと設置場所に応じて、日光乾燥、冷却、貯蔵のため、また風、雨、雪、雹(ひょう)、それに流星など気象・天文現象を観察するために用いられる。いくつかの塔にはこれまた隠者が住み、「サロモンの家」の人々はときどき彼らを訪ねて、何を観察すべきかの指示を与える。

 いよいよ「サロモンの家」がどのようなものであるか、その目的や活動の概要が語られ始める。ベーコンは社会の仕組みを語ることよりも、科学とその応用について語ることの方に関心があることが分かる。洞窟の深さとか塔の高さなど、彼の時代の技術では到底建設可能なものではないのであるが、ベーコンの想像の翼もなかなかのものであると感じさせられる。洞窟の中に新しい金属など特定の物質を保存するというのは、どうも使用済み核燃料の問題を思い出してしまう。地下の洞窟に住む隠者達は長生きを予期されているが、高い塔に住む隠者についてはその寿命について触れられていないのも注意してよいことかもしれない。「サロモンの家」についての長老の説明は続き、それを読むことで我々はベーコンが考えた学問の大革新の現実への応用の構想がどのようなものだったかを知ることができるのだが、それはまた次回以降に。
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