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ベーコン『ニュー・アトランティス』(9)

2020年1月1日(水/元日)晴れ

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 近世イングランドの法律家・政治家であったフランシス・ベーコン(Francis Bacon, 1561-1626) は、今日では哲学における帰納法、経験論哲学の主唱者として知られている。『ニュー・アトランティス』(1627)は彼の死後、未完成の原稿として残されたものを、彼の秘書であったW・ローリーが出版したもので、トマス・モアの『ユートピア』やトンマーゾ・カンパネッラの『太陽の都』と並んで、近世の代表的なユートピア文学に数えられている。

 南米のペルーから中国か日本をめざして太平洋を西へと向かった語り手の船は、途中、強い南風に流されて、太平洋の北にある未知の島(島の人々は、ベンサレムの島と自称している)に漂着した。一行は、島の住民たちからいったん、上陸を拒否されるが、彼らがキリスト教徒であり、島の人々に対し危害を加える恐れがないこと、一行の中に病人がいることなどの理由から、上陸を許され、「異人館」と呼ばれる施設に収容される。
 この島の人々は、ソラモナ王と呼ばれる古い昔の国王の改革以後、一種の鎖国状態にあるが、一種の奇跡により、キリスト教を信じている。ソラモナ王はまたサロモン学院という機関を造り、ここで神が6日間で創造したといわれる世界のあらゆる事物・現象を研究している。そして、国外に秘密裏にサロモン学院の関係者を派遣して、海外の事情をぬかりなく研究しているのだという。
 一行はしだいに島の人々から信用されるようになり、一行の中の2人が「家族の宴」(Feast of the Family)と呼ばれる催しに招かれた。島の住民たちは誰でも、自分の子どもや孫など一族のものが30人以上に達するとこの行事を行うことができる。この行事を通じて、家父長は一族の中で起きた問題を知り、その解決を図るのである。

 ターサンと呼ばれる家父長は、「家族の宴」の当日、神聖な儀式を済ませてから、宴が催される大広間に入る。その部屋の上手に雛壇があり、その中央に壁を背にして椅子が一脚置かれており、その椅子にターサンが座る。椅子の上には木蔦で作られた天蓋がある。
 ターサンは一族全員を従えて大広間に現れるが、その際、男子は彼の前に立ち、女子は彼のうしろに従う。もし、一族を生んだ女性⦅ターサンの母親ということになるのだろうか⦆が生存していれば、椅子の右手上方に設けられた桟敷席から他の人に姿を見られることなく、この儀式を見守ることになる。
 ターサンは入場すると椅子に腰を下ろし、一族全員は壁に沿い、ターサンの背後と雛壇の両側に、性別に関係なく年齢順に並んで立つ。

 しばらくすると、タラタン(Taratan)と呼ばれるherald(岩波文庫版の翻訳者である川西さんは「式部官」と訳しているが、伝令とか先触れとかいう役どころである)が2人の少年を従えて現れる。少年の1人は巻紙を持ち、もう1人は黄金製のブドウの房をもっている。
 伝令役は3度お辞儀をしてから、雛壇の前に進み、そこで巻物を手にして読み上げる。巻物は王による勅許状で、読み上げられるあいだ、ターサンは彼が選んだ2人の息子に支えられて立っている。そして読み終えた伝令役は壇に上って巻物をターサンに渡す。すると、出席者全員から「ベンサレムの国民は幸いなるかな」という歓呼の声が上がる。
 次に伝令役はもう1人の少年から人工のブドウの房を受け取り、それをターサンに渡す。ブドウの房には家族の総人数と同じ数の実がつけられている。

 この式が終わると、ターサンはしばらく退出し、やがて彼が戻ってくると、宴会が始まる。ターサンは、前の儀式の際と同様に天蓋の下に座り、家族のものはサロモン学院の会員でない限り、ターサンと同席することはできない。ターサンに給仕するのは男性だけで、女性は給仕できない〔『ユートピア』で共同食事の際に給仕は女性の仕事とされていたのとは異なる〕。女性たちは、彼らの周りに壁を背にして立っているだけである。壇の下の食卓には招かれた客たちがついてもてなしを受ける〔ということは、ターサン以外の家族の面々は宴会で食事をしないということである〕。宴会の終りには聖歌(hymn)が歌われる。

 食事が済むとターサンは再び退出し、一室に引きこもって一人で祈りを捧げた後、また姿を現し、彼を囲んで立っている一族のものに対し、祝福を与える。それから彼の好む順序で、といっても年齢順から外れることはめったにないのだが、一人ひとり名前を呼んで自分の前に来させる。そして一人一人に祝福を与え、それが終わると、彼らの中で特に優れた功績と美徳をもつものがあれば、2人までに限って、もう一度呼び出し、祝福を与えるとともに、小麦の穂の形をした宝石を与える。与えられたものは、その後いつでも、ターバンあるいは帽子の前にこの宝石をつけるのである。
 それが終わると、音楽、舞踊、その他の娯楽を終日楽しむことになるという。

 儀式の様子、会場の飾りなど、事細かに記されていて、そんなことはどうでもいいじゃないかと思うのだが、ベーコンが家族というものを大事にしようとしていたことに思い至るべきなのであろう。ここまで家族を思いやる気持ちが強かった彼であるが、実人生においては子どものいない、孤独な生活を送ったようである。逆にいえば、そういう孤独が、この個所を書かせたのかもしれない。
 さて、「家族の宴」について書いた以上、この「ベンサレムの島」における家族、あるいはさらに結婚はどのようなものなのかということが問題になる。次回は、この問題に話題が及ぶことになる。
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謹賀新年

新春のお喜びを申し上げます。
おすこやかに新しい年をお迎えのことと存じます。

ずいぶん儀式の説明が続くと思いましたが、家族愛ゆえでしたか。
「ベンサレム」はヘブライ語で「子・平和」ですね。
「ユートピア」は「無い・場所」。
家父長が家族を治める世界こそ楽園であると思っていたのでしょうか。
次回が楽しみです。

昨年はご訪問いただき、まことにありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

Re: 謹賀新年

> 新春のお喜びを申し上げます。
> おすこやかに新しい年をお迎えのことと存じます。
年賀のご挨拶を有難うございました。昨年は、いろいろとお世話になりました。今年もよろしくお願いします。
>
> ずいぶん儀式の説明が続くと思いましたが、家族愛ゆえでしたか。
> 「ベンサレム」はヘブライ語で「子・平和」ですね。
> 「ユートピア」は「無い・場所」。
> 家父長が家族を治める世界こそ楽園であると思っていたのでしょうか。
> 次回が楽しみです。
ご指摘の通り、ベーコンの家族についての考え方は、モアやカンパネッラとはだいぶ違い、大家族をよしとしていたようです。儀式についてこまごまと書いているのは、おそらく、彼の時代のイングランド国教会の秘蹟の影響があったのだろうと思います。大家族についても、この時代のイングランドの地主階級の暮らしがかなり反映されているのではないか、要するに、ベーコンはかなり常識的な理想像を描いているのではないかと思います。ただ、本文にも書きましたが、ベーコンは家族の愛情にはあまりめぐまれなかった人のようで、そのことから、理想的な家族の姿について考えるところがいろいろあったのではないかと思います。

本年度もまた、いろいろとご教示ください。>
> 昨年はご訪問いただき、まことにありがとうございました。
> 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

それではまた、お元気で。
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