爆心 長崎の空

8月15日(木)晴れ

 シネマ・ジャックで『爆心 長崎の空』を見る。

 青来有一の6つの作品からなる連作短編小説『爆心』を原作として、原田裕文が脚本を書き、長崎の爆心地周辺に住む人々の姿を、母を亡くした娘と娘を失った母の出逢いを中心に描いている。

 長崎は(港町はたいていそうだが)、坂道の多い町である。そんな町を自転車で走り回る人はほとんどいない。大学生の門田清水は坂道を自転車で上り下りして来たために心肺機能が鍛えられ、陸上の長距離選手として活躍する一方で、医学生である光太とデートを重ねている。光太との仲は母親にも話さない秘密であったが、おそらくそのために母親とちょっとしたいさかいを起こし、光太と一緒に過ごしているときに母親からかかってきた電話を留守電にしてしまう。ところが母親が心臓発作で急死し、そのことが彼女の負い目になる。

 清水が言うように坂道を登ることによって新しい景色が見えてきたり、それまで見えていたものが見えなくなったりする。坂道は人生の新しい日々を象徴するように思われる。しかし、死は新しい日々を奪う。

 新聞社に勤める夫をもち、実家の印刷屋を手伝っている高森砂織は1年前に一人娘を急性肺炎で失い、その悲しみを癒せないでいる。彼女の実家は300年続いたカトリック信者の家柄で父親はことあるたびにその命のつながりを絶やすべきでないという。砂織の夫は小倉の出身で、8月9日は小倉に原爆が投下されるはずであったことをくり返し口にする。被爆体験者が少なくなってきた中で砂織の両親から体験を聞きだそうとするが2人の口は重い。口が重いのにはそれなりの理由があるのである。

 ある日、洗濯物を干していた砂織は宝貝を見つける。それは一人娘が海岸で拾っていた貝であるが、夫は貝は棺の中に収めた、彼女の掌の中の貝は見えないという。砂織が妊娠したことがわかるが、また子どもを失うのではないかという恐怖と、生みたいという思いが彼女を混乱させる。

 心臓発作も急性肺炎も原爆とは関係のない病気である。だが、それを関係があるように考えさせてしまうところに原爆投下が爆心地近くの人々の生活と心情に及ぼした影響の深さが要約されている。清水の物語と砂織の物語がなかなか交差せず、その間に砂織の妹の美穂子が実家に戻ってきて、清水の古い友達の勇一と関係をもったりして、見るものを混乱させる。もう少しストーリーを簡略化した方が分かりやすい映画になったかもしれない。作者は宝貝や白鷺の羽に映画の中での象徴的な役割を与えているのだが、必ずしもそれが成功しているとは言い難い。カトリック信者の生活の描写がはたしてどこまで現実を写し撮っているかについては疑問が残る。とはいうものの命をつないでいくという作品のテーマは重く、作る側の取り組みの真剣さが映画としての出来は必ずしも良くないこの作品を感動的なものとしている。 
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