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ルーカーヌス『内乱――パルサリア――(上)』(6)

12月7日(土)雨が降ったりやんだり

 この叙事詩の冒頭で、作者ルーカーヌスは「内乱にもましておぞましい戦、正義の名を冠された犯罪」(第1巻第2行、17ページ)を歌うと、作品の主題を述べる。
 紀元前1世紀のローマは、一方でその版図が拡大し、海外の物資が大量に流れ込んでくる一方で、国内の生産者たちがそのことによって生活を脅かされ、不安定な状態が続いていた。そのようななかで、政治的にも軍事的にも強力な指導者が求められていた。そのような社会情勢の中で、紀元前60年、東方への軍事的遠征で勝利を収めた閥族派のポンペイウス、スパルタクスの反乱を鎮圧した富豪のクラッスス、名門の出身であるが、民衆派の指導者であったマリウスの義理の甥であることから民衆の支持を得ているカエサル(シーザー)の3人によって第一次三頭政治が成立し、元老院をけん制しながら、バランスを保ってローマの政治を動かすようになる。
 しかし、紀元前53年にクラッススがパルティアとの戦いで敗死したことにより、三頭の一角が崩れ、「樫の古木」ポンペイウスと、「雷電」カエサルの間の対立が深まる。カエサルの娘でポンペイウスの妻になっていたユリアが紀元前54年に死去していたことも、両者の関係を悪化させる一因となった。
 ガリアの地で軍事行動を展開して勢力を蓄えているカエサルを恐れたポンペイウスは、元老院と結んでカエサルが元老院の許可なくルビコン川を渡って、ローマに帰国することを禁止するが、カエサルは逡巡の末、ルビコン川を渡る(このとき、「賽は投げられた」(Iacta alea est.)といったとスエトニウスは伝える。また「ルビコンを渡る」という成句も生まれた)。彼の軍勢に、ローマを追われた政治家蛮勇クリオが合流し、内乱をそそのかし、兵士たちの指示を固めたカエサルはガリア全土に展開する大軍を呼び寄せ、ローマ進軍を指示する。
 カエサル進軍のうわさでローマは恐怖、混乱に陥り、民衆はもとより、当のポンペイウスをはじめ、高官、元老院議員の大半がこぞってローマを脱出する。追い打ちをかけるように怪しい出来事があちこちで起きる。

 こうした変事が相次いだため、古来のしきたりに従い、
エトルリアの占い師らを招くことに決められた。
(第1巻588‐589行、55ページ)
 エトルリアは現在のトスカーナ地方のラテン語による呼び名であるが、そのあたりを拠点としてローマにまで勢力を伸ばしていた部族の人々の名前としても使われる。エトルリア人はインド=ヨーロッパ語族に属さない謎の言語を話し(いまだに解読されていない)、ラテン人、サピーニ人とともに王政時代のローマの重要な部族の1つであったが、次第にその力を失っていった。彼らは動物の内臓を使った占いをしていたといわれる。
 こうして呼ばれた占い師たちの最長老はアッルンスといったが、彼は仰々しい儀式を行った後で、占いに使った動物の肝臓にこれまでに見たこともないおぞましい予兆を見て、大禍が襲いかかるだろうと告げたが、予兆をゆがめて、多くを謎めいた曖昧な言葉の中に隠してしまった。〔このアッルンスはルーカーヌスが創造した人物であろうと、翻訳者の大西英文さんは注記している。〕

 その場に居合わせた学者で、星占いの術にも長じているフィグルスが声をあげた。〔プブリウス・ニギディウス・フィグルス(紀元前98頃‐紀元前45)は、キケローの友人でピタゴラスの影響を受けた神秘主義的な学者であったとされる。〕
 彼は「都と人類とに企まれた/破滅が間近に迫っている」(第1巻649‐650行、59ページ)といい、数知れない人々が1日のうちに死ぬような事態が迫っていると予言する。
間近に迫るは兵乱の狂気、剣の威力は法をことごとく力で覆し、
非道の犯罪に武勇の美名が与えられ、その狂気は幾年月にも及ぼう。
神々に終わりを希(こいねが)うとも詮なきこと。その果ての平和は
伴いくるのだ、君主を。
(第1巻673-676行、61ページ) ローマは内乱に蹂躙され、そしてその後の平和は、君主政(帝政)を伴うだろうというのである。〔これは、実際に帝政時代に生きている詩人が創作した事後予言だと考えられる。〕

 怯える民衆を恐れさせるにはこの予言で十分すぎた。だが、
降りかかろうとする大難はそれをも越えるものであった。
(第1巻679‐680行、61ページ)
 さらにポイボス(アポロン)に取りつかれた寡婦が、市内を走り回って、狂気の内乱が起きることを予言した。ギリシアに、エジプトに、リビアに、アルプスとピレネーの山地に、またローマで戦いが続けられるだろうという。

 こうして第1巻は終わる。第2巻ではいよいよカエサルとポンペイウスの両者の間に戦闘が開始される。高校で世界史を履修すれば、その結果がどのようなものであったかはわかるはずで、現代に生きる我々読者の興味はその既知の事柄である内乱を、我々よりも時代的にはるかに近いルーカーヌスがどのように描写し、評価しているかというところに置かれる。共和制に対する郷愁を抱くルーカーヌスは、ポンペイウスに近かった元老院の人々に共感を寄せながらこの叙事詩をつづっている。その点が、注目に値するところではないかと思う。そして、自分からはるかに遠いところにいるルーカーヌスの政治観を見ることで、我々の政治に対する見方を再考してみるのも意味のないことではないだろう。
 共和政治というと聞こえはいいのだが、実際のところ、ローマにおける共和政治は少数の選ばれた人々による貴族政治(寡頭政治)というのが実態であった。だから、民衆の不満が高まっては改革がおこなわれるということが何度も繰り返され、それなりに社会階層間の勢力の均衡が図られてきたのだが、それも限界に達したことで、内乱が勃発することになる。政治についた考えるとき、表面的な言葉だけではなく、その言葉が背後に控え持っている実態を踏まえた議論が必要になると思うのである。
 そういえば、昨日(12月6日)の『朝日』の「コラムニストの眼」に『ニューヨーク・タイムズ』に掲載されたデイビッド・ブルックスの「ポピュリズムの失敗」という文章が掲載された。ローマ共和制の末期に現れた民衆派の政治家たちは、結局、帝政への道を開いたのであるが、現代の世界各地で展開されている左右のポピュリズムが、ローマ時代の政治史と同じ展開をたどるとは思われない(もっとも、私がそう思っているだけで、現実にはどうなるかはわからない)。歴史は繰り返すかどうか、繰り返すようでいて、繰り返さないと思うのだが、あるいは逆かもしれない。

 一昨日(5日)に転寝をしたことで、風邪をひいてしまい、昨日は皆様のブログへの訪問を休んで休養いたしました。今年の秋から冬にかけて、すでに2度、体調を崩したことになり、健康の衰えを感じております。皆様もくれぐれもご自愛ください。
 
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