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ルーカーヌス『内乱――パルサリア――(上)』(5)

11月23日(土・勤労感謝の日)雨が降り続く

 紀元前1世紀のローマにおけるカエサルとポンペイウスの間で戦われた内乱は、ローマの共和政を終らせ、帝政への道を開く重要な歴史的出来事であった。ローマ白銀時代の詩人マルクス・アンナエウス・ルーカーヌス(39‐65)はこの戦乱を「内乱にもましておぞましい戦を、正義の名を冠された犯罪を」(第1巻・第2行、17ページ)と非難をこめながら、主題として歌っていくことを宣言する。古代の他の叙事詩にはあまり見られない出だしである。
 紀元前60年に成立した第1回三頭政治は、ポンペイウス、クラッスス、カエサルの力の均衡の上に成立していたが、紀元前53年に3人のうちの1人クラッススがパルティアとの戦いで敗死すると、残る2人の間の対立が激化する。「樫の古木」に譬えられる過去の英雄ポンペイウスと、ガリア遠征によって勢力を蓄えて台頭してきた「雷電」=カエサルの両雄の激突は必至の情勢となった。
 ローマと属州との境界であるルビコン川まで達したカエサルは、(人間の姿をとって現れた)ローマの幻影の警告・制止を振り切って、この川を渡り、境界の都市アリミニウムに侵攻する。そこに、ローマを追われたかつての護民官蛮勇クリオが合流し、内乱をけしかけると、カエサルは決意をいっそう固め、兵士に向かってその決意を述べ、兵士を鼓舞する演説を行う。兵士たちは、一瞬躊躇するが、百人隊長ラエリウスが忠誠と、ローマの破壊をも辞さぬ覚悟を語って扇動すると、全員歓呼して鬨の声をあげる。カエサルはガリア全土に展開する部隊を呼び寄せる。

 カエサルが、ガリアの各地に配置しておいた軍隊を自陣に呼び寄せると、その数は圧倒的なものとなる。しかもそれは10年以上にわたる彼のガリア平定のための戦いによって鍛えられた精鋭たちである。
 カエサルは、兵を糾合し、膨大な員数にのぼる兵力に、
さらなる大望を敢行する自信を深めるや、イタリア全土に
部隊を展開させ、ローマ近傍の、城壁囲う町々を兵で満たした。
真の恐怖にあらぬ噂も加わった。噂は人心を浸食し、戦禍迫るという
不安を植え付けた。迫りくる戦を先触れる足早の使者として、
無数の口の端の箍をはずし、流言飛語の風説を触れて回ったのだ。
(479‐484行、48ページ) 

 各地で戦闘が始まり、ローマ兵だけでなく、異郷からの傭兵を組み込んだカエサルの軍隊の強力さが誇張して噂された。
・・・かくして、だれもが怯えで噂に加勢し、
戦禍は根も葉もない風説ながら、おのおの勝手に妄想した恐れに
怯えたのである。
(497‐499行、49ページ) 民衆たちだけでなく、ローマの指導者であるはずの元老院議員たちでさえ、噂におののいていた。
・・・虚妄の恐怖に驚愕して怯えたのは民衆だけではない。
元老院議事堂の主、ほかならぬ父なる元老院議員たちさえ議席から
飛び上がり、議会で不本意な戦争を宣言する決議を執政官らに
託すと、逃げ出してしまった。
(499‐502行、49‐50ページ) 共和政期のローマにあって元首に相当するのが執政官(独裁を防ぐために2人が選出された)で、元老院(Senatus)はその諮問機関であるが、執政官は元老院の推薦する候補を民会が選挙するという方式であり、事実上は元老院が統治機関としての機能を果たしていた。執政官には軍団を組織・動員する権限があったが、軍事的な経験が豊かな議員を多く含む元老院の強力がなくては、その権限も有名無実のものになってしまうのである。ローマのSenatusは、現在の合衆国上院(Senate)の語源であるが、実際に果たしている機能も似ているところがある。

 こうして、カエサルが本格的に進軍してくる以前から、人々はローマを見捨てて逃げ出しはじめた。逃げようとする人々があまりにも多くて、道がふさがって逃げられないという有様である。
・・・引き戻すものもなく、群衆は遁走した。
・・・市民や征服した異民族で殷賑をきわめ、群なし蝟集(いしゅう)するとも、
全人類さえ容れることのできる覇者ローマの都が、
カエサル来たるの報とともに、容易(たやす)い獲物として、怯懦な手で
捨てられたのだ。
(521‐522、523‐526行、51ページ)

 しかし、民衆(と元老院議員たち)の怯え方がどんなに見苦しいものであっても、それは大目に見てやる必要があると詩人はいう。なぜならば、
遁走したのだ、ほかならぬポンペイウスが。何より
その事実が彼らの恐怖を物語る。
(532‐533行、52ページ)

 人々が、カエサル迫るの噂におののいて、逃げ惑う中で、さらに追い打ちをかけるように天変地異が起きる。
・・・ このとき、人々の
戦慄(わなな)く心を軽くする、行く末の希望を一切絶とうとしてか、
なおさら過酷な運命を告げる、紛れもない兆しが
追い打ちをかけた。威嚇する天上の神々が
地を、天を、海を予兆で満たしたのだ。
(533‐537行、52ページ) 超新星? オーロラ、流星、彗星、各地で見られる雷光、エトナ火山の噴火、さらにローマのウェスタ女神の神殿の祭壇の火が突然消えるという怪異、高波、亡霊の出現… これだけ列挙されると、かえって疑わしさが増してくるのだが、そのうち幾つの現象が今日、歴史的な事実として確認できるのであろうか(エトナ火山の噴火というのは、現実に起きた可能性はあるが、それほどの大噴火ではなかったようである)。人心が動揺していると、些細な出来事でも大事件のように思われることもある。それに詩人が誇張した表現をしているのかもしれない。とにかく、さまざまな異変によって、人々の動揺はさらに激しくなった。さて、カエサルの動きと、ローマの対応はどのようなものとなるか、それはまた次回に。 
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