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ベーコン『ニュー・アトランティス』(3)

11月20日(水)晴れのち曇り

 語り手の乗った船はペルーを出帆して、当時南海(the South Sea)と呼ばれていた太平洋を中国・日本方面に向かっていたが、途中で逆風にあったりして船が思うように進まず、北の方の未知の海域に押し流された。そして未知の陸地に接近、立派な建物がならんでいるのを見て安心して上陸しようとするが、島の人々に上陸を阻まれる。
 島の方から役人らしい人物が、語り手の船に近づいてきて、文書を渡す。そこには、上陸を許可せず、16日以内に立ち退くように命じるが、航海を続けるのに必要な物資の援助はする旨がヨーロッパの数言語で記されていた。文書に記されていた紋章から、彼らがキリスト教徒らしいと判断した一行は安心したり、不安にかられたりする。そして、船中に病人が多数いるので、上陸を希望するという返書を送る。
 島からはさらに上位の高官がやって来て、語り手たちがキリスト教徒であること、海賊ではないこと、船の中の病人たちが伝染病に感染していないことを確認して、上陸を許可し、島の中の外国人を滞在させる施設に迎えることをつげ、さらに1日待つように伝える。

 『ニュー・アトランティス』における未知の世界への第一歩は、かなり厳しい入国審査というこれまでのユートピア物語には見られなかった手続きを経ることになった。一行はキリスト教徒であるか否かを問われ、海賊ではないことを誓わされ、船の乗員たちがかかっている病気がどのようなものかを確かめたうえで、上陸を許可される。語り手の側からすれば一刻も早く、上陸したい、未知の土地について見分したいという要求があり、読者もその気にさせられているが、著者であるベーコンは法廷弁護士という法律の専門家、それも大法官という高い地位にまで登った人物であり、入国させる側の理由もしっかり考えている。後で詳しく述べられるように、この新たに発見された国の人々は鎖国(あるいは海禁)政策をとっていて、これもその際に述べられるように、当時中国(明朝)は海禁政策をとっていた(朝鮮も同様で、日本もこの後、鎖国政策をとる)。そのような東アジアの政策についてベーコンは知識を持っていたのである。

 そういうと、モアだって法廷弁護士であり、大法官であったというかもしれないが、モアとベーコンとの間には100年余りの時間の隔たりがある。モアが『ユートピア』を書いた直接のきっかけはイングランドと(当時ハプスブルク家の支配下にあった)フランドルの間の羊毛をめぐる貿易紛争の解決のための外交交渉であったことはすでに書いたが、モアにはそのように国家の利害を代表する法律家・外交官としての側面と、国境を越えた人文学者という側面とがあり、『ユートピア』では後者の側面が強く出ている。たしかに、彼の社会批判の矛先は主要にはイングランドの社会に向けられてはいるが、ヨーロッパ全体を視野に入れているし、未知の社会への好奇心をあからさまにしている。そして彼とともにユートピアについての話を聞くピーターはフランドル人なのである。対してベーコンは、モアの首を刎ねたヘンリーⅧ世の娘であるエリザベスⅠ世女王と、その後継者であるジェームズⅠ世に仕えた法律家であり、その間、1588年にイングランドはスペインの無敵艦隊を壊滅させて、海洋帝国への道を歩み始めていた。まだ大陸に未練を残していたヘンリーⅧ世時代と、世界を見る目が大きく違っているのである。

 翌朝予定されていたよりも早く、例の杖を持って彼らの船を訪れた役人が彼らを迎えにやってきた。そして彼らを異人館(the Strangers' House)に受け入れようと思うが、その前に下検分してもらいたいので、早めにやってきたのだという。一行は、彼の厚意に感謝し、語り手を含む6人が上陸したが、島の人々から礼儀正しい歓迎を受けた。
 異人館はきれいな広々とした建物で、ヨーロッパのものよりも青みがかった色のレンガ造りだった。「しゃれた窓があり、ガラスのもあれば、油に浸した亜麻布のもあった。」(川西訳、13ページ、この時代、まだガラスは高価でガラス窓は少なかった)。
 彼らは建物の中の広間に通され、船の中には何人がいるのかを尋ねられる。一行は51人で病人は17人だというと、約1時間後に戻ってきて、19部屋の準備が整えられていると告げた。そのうち4室は他よりもよい部屋で、一行の中の主だった4人が1人で使用するために提供され、残りの15室は2人ずつで使用するということらしかった。「どれもこぎれいな明るい部屋で、優雅な調度が備えられていた。」(川西訳、13ページ) その後、細長い、寮のような建物に案内された〔川西さんが「寮」と訳している語は原文ではdortureで、辞書を探しても見当たらない、現在の英語では使われていない語のようである〕。これは一行の中の病人のために準備されたものと思われたが、40部屋もあって、一行の必要を上回る数であった。案内者は病人は回復すれば異人館の方に予備の部屋があるので、すぐに移動できるとも言った。

 そして、その日とその翌日の間に、船から荷物とともに、この宿舎に移動してほしいということ、その後3日間は外出せずに宿舎にとどまってほしいということを告げた。また一行の世話をするために6人のものを配置したので、何か用があれば、その6人に言いつけてほしいとも言った。一行は、彼にいくらかの謝礼を渡そうとしたが、彼は微笑みながら、それは二重取りになると言って受け取らずに去っていった。

 「間もなく食事が出た。パンもおかずも大変なごちそうで、私の知っているヨーロッパのどの学寮の食事よりも良かった。」(川西訳、14ページ) ここは原文も挙げておこう。
 Soon after the dinner was served in; which was right good viands, both for bread and meat; better than any collegiate diet that I have known in Europe. (Susan Bruce ed.,Three Early Modern Utopias, p.156.)
 川西訳では「食事」とあるが、dinnerはより正確には「正餐」で、昼食か夕食であり、この場合は、前後の文脈を考えて昼食になると思われる。また川西さんはmeatを「おかず」としているが、より正確には「肉」で、肉を主体とした(当然付け合わせとして野菜もついている)料理が出されたということである。collegiate dietを川西訳では「学寮の食事」としているが、ブルースはinstitutional meal (大学や修道院などの制度化された食事)と注記している。学生食堂でバラバラにとるような食事ではなくて、先生も学生もそろって一緒に食べる食事である。
 3種類の飲み物が提供された。1つは葡萄酒(wine of the grape), もう1種類は「エールに似ているがより透明な色の穀物酒」(a drink of grain, such as is with us our ale, but more clear)、それから「当地の果物から造った、シードルの一種で実に口当たりの良い、爽やかな味の飲物」(a kind of cider made of a fruit of that country; a wonderful pleasing and refreshing drink)であった。なんだ、3種類とも全部アルコール飲料ではないか⁉(と、私は現在、アルコール飲料の摂取をとめられているので、不満をこめて書く)。未知の世界の文物について想像して書くとき、やはり既知の事柄の影響を免れ得ない。葡萄酒はまあいいとしよう。2番目に「穀物酒」としてベーコンが考えているのは要するにビールの類である。イングランドのale (aleとbeerのちがいについては、御自分で英和辞典を引いてお調べください)よりも透明な穀物酒ということで、極東の方へ行くとまったく別の穀物酒(例えば日本酒)が飲まれているということは想像できなかったようだ(ベーコンは三浦按針の同時代人ではあるのだけれども…)。それから、川西さんは「サイダー」と書くと、日本では炭酸飲料になってしまうというので、「シードル」というフランス語を訳語として使っているが、英語ではサイダーといい、英国では(アイルランドでも)ふつうに飲まれているアルコール飲料である(実は私はこれが好きである)。なお、洋ナシを発酵させて作った酒をperryという。
 トマス・モアの『ユートピア』の中にユートピア人が食事の際に飲む飲物としてwine made of grapes or else of apples or pears, or else it is clear water (Bruce ed., op.cit., p.52、なお、この書物に収録されている『ユートピア』英訳は、ロビンソン訳である)という記述があり、 モアの方はビール類が抜けているかわりに水が入っている。現在の英国では、昼からビールを飲むこともあるが、水を飲むほうが一般的だと思う。そのほか、病人のためにまっかなオレンジ(scarlet oranges)が出された。また白い丸薬を1箱くれた。この丸薬を就寝前に飲めば病気の回復が早くなるのだという。

 こうして、語り手の一行は漂着した未知の土地への上陸を認められた。まだどの程度滞在できるのか、どのような待遇を受けるのか、未知の部分はあるが、これまでのもてなし具合からするとそう悪い待遇を受けそうにもないし、またこの土地の文化もかなり高そうである。翌日、一行は船から荷物ごと、異人館に移ることになるが、さて物語はどのように展開していくか、また次回のお楽しみとしよう。 
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