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『太平記』(289)

11月19日(火)晴れ

 貞和4年(南朝正平3年、西暦1348年)、楠正成の子正行が、父の13回忌に際して挙兵し、8月、河内藤井寺で細川顕氏の軍を破った〔史実は1年早く、貞和3年のことである。以下同じ〕。正行はさらに11月、住吉、天王寺で、山名時氏と細川顕氏の軍を破った。12月、高師直・師泰兄弟が楠討伐に向かった。死を覚悟した正行は、吉野に赴いて後村上帝に謁し、如意輪堂の壁板に一族の過去帳を書き付けた。明くる正月5日、正行は四条畷の合戦で師直軍を追い詰めたが、上山左衛門の身代わりで師直は難を逃れた。力尽きた、楠正幸・正時兄弟は自刃した。

 四条畷の合戦で1日のうちに、和田・楠の兄弟4人(正行・正時・和田高家・源秀)、一族23人(和田橘六左衛門ら)、相従う兵343人は戦死を遂げ、その首を京都の六条河原にさらされた。奥州から2度も大軍をひきいて京都に向かい宮方のために気を吐いた北畠顕家卿は暦応元年5月に和泉の堺で戦死し、武将として宮方を率いていた新田義貞は暦応元年閏7月に越前で戦死、畿内から遠く離れた場所に山塞をかまえて宮方として戦っている武将はいても、全体を統率するような優れた武将がいなくなってしまった中で、楠正行は2度も足利方の軍勢を破って気を吐き、後村上帝の信頼も厚い存在であったのが、ここに戦死を遂げてしまったのは、いよいよ宮方の運の傾く前兆であるかに思われた。

 一方、一度は肝を冷やす思いをしたとはいうものの、敵の主力を壊滅させた師直・師泰軍はこの勢いに乗じて、河内の楠の館を焼き払い、吉野の南朝の帝を生け捕りにしようと、師泰は正月8日に、6千余騎を率いて、和泉の堺を発って、石川河原に向かい城を築く。師直は、3万余騎の軍勢を率いて、14日に、大和の平田を発って、吉野の麓へ押し寄せた。

 師直の軍勢が近づいてきたという情報を得て、四条隆資卿は(自身ダミーの別動隊を率いて、四条畷の合戦に参加していたのであるが)、急いで急ごしらえの御所に参上して、「残念ながら正行は戦死いたしました。明日、師直が勢いに乗って皇居に襲いかかってくると噂されております。この吉野というところは防備がおろそかで、我々には十分な兵力もありません。取り急ぎ、今夜のうちに天川(奈良県吉野郡天川村)の奥、穴生(あなう、五條市西吉野町賀名生、もと「穴生」と書いたが、朝廷の行在所として「賀名生」と改められる)のあたりにお逃げください」と申しあげた。
 そして、三種の神器を内侍典司(ないしのすけ、後宮の内侍の司の次官)に持たせ、馬の準備をさせると、帝はなにがなんだかわからず、夢でも見ているようなお心持で、御所を出発され、女院(帝の母の阿野廉子)、中宮など皇族の方々、さらに女官や貴族たちも取る物もとりあえずに、慌てふためき、倒れ迷い、慣れない山道を更に山奥へと進んで、残雪をふみながら、吉野の山奥へと達したのである。

 後村上帝にとって吉野の山の中は、心をとめるような場所ではなかったはずであるが、すでに長年暮らされていた上に、これから向かう先がさらに山の中ということで、これまで以上に住みにくい場所になるだろうと思われ、涙を流されるのであった。そして、蔵王堂の南にある勝手神社の前を通り過ぎられるときに、馬からお降りになって、草深い祠に向かい祈1願をされ、涙ながらに次の歌を詠まれたのである:
 たのむ甲斐なきにつけても誓ひてし勝手の宮の名こそ惜しけれ
(第4分冊、236ページ、戦勝祈願をした甲斐もなく、勝つという名の勝手神社の名折れであることよ。)

 中国の例を調べてみると、唐の玄宗皇帝が安禄山の乱に遭って蜀に行幸したという例がある。わが国の古い例では天武天皇が、天智天皇の皇子である大友皇子との対立から、吉野山に隠れられたという例がある。これら2つの例は、逆臣によって天子が都をはなれさせられたけれども、最終的には戻って(ただし、『太平記』の作者は知らなかったのかもしれないが、玄宗皇帝は退位させられている。日本とちがって中国の皇帝の生前退位はきわめて異例である)よい政治を行ったという例であるので、このままで終わることもあるまいと、古の出来事と比べ合わせてお考えになる点はありながらも、付き従う人々が、泣き悲しむ様子を御覧になると、帝の御心は休まることがなかった。

 こうして周章と傷心のうちに吉野の朝廷の人々は、更に山奥へと落ちていくのであるが、追ってくる高師直たちはどのような行動に出るのかというのは、また次回に。『太平記』を読んでいると気付くことであるが、帝の身辺に持して、三種の神器を運んだりしているのは女官であって、男性の侍従ではないということで、これは現代の即位礼が過去の先例を踏まえていないということになるのではないかと思うのである。



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