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ベーコン『ニュー・アトランティス』(2)

11月13日(水)曇り

 ペルーから出帆してこの時代には南海(the South Sea)と呼ばれていた太平洋を横断し、中国か日本にむかおうとしていた語り手の船は、はじめは順調に航海していたが、風向きの変化によって前進できなくなり、北の方の未知の方面に押し流された。ようやく、陸地を見つけて接近したところ、立派な市街地が見えた。上陸しようとしたが、そこの住民たちに上陸を阻まれた。

 上陸するなというのはどういうことか、これからどうしようかと、船の中で相談していると、陸地から8人ほどが舟に乗って語り手たちの船の方に向かってきた。そのなかから1人、両端が青い黄色い杖(cane)である職務杖(tipstaff)を持った人物が、疑う様子を見せずに船に乗り込んできた。川西訳では「両端に青いキャップのついた黄色の杖」とあるが、原文を見ると、端が青くなっているとは書かれているが、キャップ云々の語句はない。tipstaffというのは一般にそれほど長い杖ではないようである。

 語り手たちの一行のうちの1人がこの杖を持った男に近づいたので、男は、彼に小さな紙の巻物を渡した。そこには古代ヘブライ語(ancient Hebrew)、古代ギリシア語(ancient Greek)、正確な公用ラテン語(good Latin of the School)、そしてスペイン語で次のように書かれていた。「何人たりとも上陸は許されぬ。滞在延長許可のない限り、16日以内にわが国の沿岸から退去できるように準備せよ。その間、水、食糧、病人への援助を望むならば、あるいは船が修理を要するならば、必要とするものを書面で提出せよ。恵みにかな"うものは与えられるであろう。」(川西訳、8‐9ページ、the good Latin of the Schoolというのは、Oxford World Classics版のSusan Bruceの注によれば、「学者の使うようなラテン語」ということ、最後の「恵みにかなうようなものは与えられるであろう」の原文はyou shall fave that which belongeth to mercyで、この場合のmercy は「困っている人に対する親切」と理解すべきであろう。したがって、困っている人たちへの親切に属するような事柄は我々も援助するだろうというような意味と受け取ることができる。)
 この巻物は、広げずに下に垂れている天使(cherubins)の翼と、その傍らに十字架を描いた図柄の刻印で封印されていた。cherub (複数形はcherubs, or cherubim)というのは9階級のうちの上から2番目の階級に属する天使をいうが、ベーコンはcherubinsと書いているので、何か他の意味があるのかもしれないが、手掛かりを与えてくれるものがないので、このまま先に進むことにする。とにかく分かったのは、この島の住民たちがキリスト教を信じているらしいということである。
 この巻物を手渡すと、その役人らしい人物は船をおり、その従僕だけが、船の中の人々の回答を受け取るために、残った。(少し前のところでは、役人らしい人物は一人で乗船してきたと書いてあるので、ここは前後で矛盾している。)

 そこで語り手たち、船の中の人々は相談を始めたが、期待と不安とが入り混じってなかなか結論が出せなかった。上陸を拒否されたうえに、すぐに離れるように言われたのには困惑したが、その一方で、島の人々がヨーロッパの様々な言語を知っていること、親切さ(humanity、川西訳では「人情味」としている)を持っていること二は安心した。特に彼らがキリスト教を信じていることが人々を喜ばせた。
 彼らは返事をスペイン語で書いた(ラテン語で書かなかったところが、興味深い)。そこには船については異常はない(修理を施す必要はない)、あらしにあったのではなく、逆風と凪に船旅を妨げられただけだからである。戦中には病人が多数いて、重病なので、上陸できないと生命の危険にさらされることになる。それから必要物資を詳しく書き連ね、自分たちの船には多少の物資を積み込んでいるので、援助に対する返礼は可能であると記した。そして、やって来た役人とその従僕にも贈り物をしようとしたが、彼らは受け取ろうとしなかった。〔彼らにはこのような贈り物を受け取る習慣はないことが、この後でわかる。ベーコンが収賄汚職の件で逮捕・投獄された経歴の持ち主であることを考えると、この辺りは注目される。〕

 返事を送ってから3時間ほどすると、今度は身分が高そうな人物が小舟に乗り、もう1艘の舟に乗った部下たちを連れて近づいてきた。そして、弓の射程距離までやって来ると、こちらから迎えの船を出すようにという合図が送られたので、語り手たちの船の中で2番目に地位の高い人物が4人の人々を引き連れて、救命ボートで出かけて行った。
 やって来た高官は、語り手たちの一行がキリスト教徒であることを確かめ、次に海賊ではないことを確かめて、そうではないことを乗員の全員に宣誓させた。それから、高官に随行している人物の1人が、高官が彼らの船に乗船しなかったのは、伝染病に対する警戒からであると説明し、船の中の病人たちの病気は伝染病ではないらしいという船の乗員たちのことばを聞いて、高官は引き返していった。その後、病人についてのやりとりをした随員が船の中に乗り込んできた。彼は「手にオレンジのような、しかし色は赤茶色の、その地の果物を一つ持っており、素晴らしい芳香を放っていた。これは伝染を予防するためだった(ようである)。」(11ページ) そして、翌朝早く、迎えをよこして、一行を健康であるか病気であるかを問わずすべて、島の異人館(The Strangers' House)に迎え入れると予告した。別れしなに、船の人々は彼に、なにがしかのピストール金貨を渡そうとしたが、彼は「一つの仕事に二度報酬はいただけません」(12ページ)といって、受け取ろうとしなかった。つまり、彼らはその仕事に対して十分な報酬を得ているので、賄賂の類を要求するようなことはないということのようである。

 こうして船に乗っていた人々は、上陸を許されることになったが、その後のことは、また次回に紹介することにしよう。船の中で多くの人々が苦しんでいた病気は、おそらく(この時代の多くの航海者たちが苦しめられた)壊血病であったと思われる。これはビタミンCの欠乏によって起きるのだが、当時はそんなことには考えが及ばなかった。ビタミンCを豊かに含む柑橘類は壊血病の治療に役立つのだが、ベーコンは果物が含む栄養ではなくて、その芳香が、また治療よりも予防に役立つと考えていたように受け取れる記述が興味深い。この種の因果関係を見極めることがどのくらい難しいことであるかを示す一例だと思うのである。
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