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ラブレー『ガルガンチュワ物語』(14)

8月29日(木)晴れ、暑さが戻ってきた。

 フランスの西の方の地方を治めていたグラングゥジェ王と、その妃ガルガメルの間に生まれたがルガンチュワは、生れ落ちるとすぐに、「のみたーい! のみたーい! のみたーい!」と泣き喚いたために、この名がついた。生まれつき巨大な体躯を持っていたが、牛乳と葡萄酒を飲んですくすくと育ち、しかもなかなか利発な子どもだったので、父王は詭弁学者を家庭教師につけて勉強させたが、うまくいかなかったので、現代風の新しい教育方法で勉強させようとパリに送り出し、その師ポノクラートの薫陶よろしきを得て、賢明な若者に育っていった。
 ところが、グラングゥジェの領地の羊飼いたちと、その隣のレルネの町の小麦煎餅売りたちの間でいざこざがおこり、レルネの王であったピクロコルが詳しい事情を調べもしないで、グラングゥジェの領地に攻め入り、略奪をほしいままにするという騒ぎが起きた。グラングゥジェは何とか平和を回復しようとするが、ピクロコルは聞く耳を持たない。しかも、悪いことに、ピクロコルの家来である弥久座公爵、刺客伯爵、雲子弥郎隊長の3人が、ピクロコルに、これに乗じて世界征服に乗り出そうというとんでもない計画を持ち掛ける。
 ピクロコルの軍隊は、ラ・ローシュ・クレルモーの城(もともとグラングゥジェの領地にある)を占拠しているが、この城は要害の地にあるので、少数の守備隊をおいてこの城を守らせ、残りの兵を2隊に分けて、1隊はグラングゥジェのもとに向かわせ、彼が集めてきた財宝を略奪する、もう1隊は西に進んでスペイン・ポルトガルを征服し、さらに北アフリカに進出して地中海を制圧する…というものである(今回はその続き)。

第33章 何人かの顧問官たちの早計浅慮がピクロコル王を最悪の危難に陥れたこと(司令官たちの速断が、ピクロコルを最悪の危機におとしいれる)(続き)
 北アフリカのアルジェリア、チュニジアなどの国々を征服すると、また地中海を渡って、バレアレス諸島(つまり、マジョルカ島とメノルカ島)、(現在はイタリアに属している)サルデーニャ、リグリア地方を征服する。(現在はフランス領の)コルシカ島、(フランスの)プロヴァンス地方、(またイタリアに戻って)ジェノヴァ(リグリア地方に属しているはずである)、フィレンツェ、さらに「栄光に映ゆるローマを鎮定なさるのでござりまするぞ! 哀れや教皇殿は、すでに恐怖のために生色なしでござりますわい。」(渡辺訳、159ページ、宮下訳では260‐261ページ)

 こうして北イタリアを制圧すれば、南イタリアも容易に制圧できる。ナポリ王国、カラブリア地方、シチリア島(ここまではイタリア)、マルタ島も「悉く略奪の餌食と相成る」(渡辺訳、159ページ、宮下訳、262ページ)。さらにロドス島、キプロスなど東地中海の島々も手に入れ、エルサレムに到着する。「トルコ皇帝など、殿の御威勢の前では物の数でもござらぬからなぁ!」(同上)
-- Je (dist il) feray doncques bastir le Temple de Salomon.
 「ではわしは、(とピクロコルは言った。) ソロモンの寺を建立させようかな。」(渡辺訳、159ページ、宮下訳では「では、ソロモンの神殿なりとも建立いたそうか。」 262ページ) ここは、宮下訳の方が適切であろう。ソロモンの神殿は、ユダヤ王国の滅亡とともに破壊されたが、ヘロデが再建し、そのために「大王」と呼ばれるようになった。しかし、その再建された神殿も、ローマ帝国からの独立戦争の敗北とともに破壊される。ピクロコルには、信仰はないが、名誉欲はある。神殿をまた再建すれば「大王」と呼ばれることになるのを意識した発言である。 実際問題としてフランスの一地方の領主に過ぎないピクロコルが、トルコの皇帝と戦争をして勝てる見込みはほとんどないのである。

 3人は異口同音にピクロコルの意図を遮る。大事を行うに際しては、焦りは禁物だという。「オクタウィアヌス・アウグストゥスが何と申したか、御承知でいらせられますか? 「ゆるりと急げ(フェスティナ・レンテ)」でござりまするぞ」(渡辺訳、160ページ、宮下訳では「皇帝アウグストゥスが、なんと申したか、ご承知でしょうか。<急がば回れ>でございまするぞ。」262ページ) ソロモンの神殿を再建するのと、征服を続行するのと、どちらが焦りにみちた行為であるかは意見の分かれるところだろうし、そもそも、そうした机上の征服計画がうまくいく可能性はまったくないのである。3人は遠征を更に進めて小アジア(トルコからシリアの一帯)を制圧し、ユーフラテス川の川岸に到着することになるだろうという。
 ローマ帝国初代皇帝オクタウィアヌス・アウグストゥスと、田舎大名のピクロコルとでは、提灯に釣り鐘、まったく釣り合わない。

 ---- Voyrons nous (dist Picrochole) Babylone et le Mont Sinay?
 ----わしらは、(と、ピクロコルは言った、)バビロンもシナイ山も眺めることになるのじゃな? (渡辺訳、160ページ、宮下訳では263ページに相当) バビロンとシナイ山とではだいぶ位置がちがう。地理感覚が相当にくるっているが、これは、今までも同じことである。そもそもヨーロッパ、北アフリカ、中東の地理を正しく認識していない人間が世界征服を考えること自体が、笑える。
 3人は、これまで十分に暴れまわったのだから、そこまで欲張らなくてもいいという(だったら、はじめから暴れまわらない方がいいのである)。細かいことであるが、バビロンはユーフラテス川の岸にあり、チグリス川はユーフラテス川の東側を流れているから、チグリス川まで達するということは、バビロンを通過している可能性があるわけである。

 今度は逆にピクロコル王の方が待ったをかける。砂漠のなかを行軍するのだから、水分が補給できない。ローマ帝国末期の皇帝ユリアヌスとその軍勢は、砂漠のなかでのどの渇きのために命を失ったというではないかという。〔「背教者ユリアヌス」は、363年、ペルシア遠征で戦死」というのが宮下訳の263ページの割注。コンスタンティヌス大帝がキリスト教をローマ帝国の国教にした後、ユリアヌスがまたそれを廃止したので、「背教者」と呼ばれる。〕
 これに対する3人の答えが笑える。ここは、宮下訳で紹介しておこう:
 「しかと手はずは整えておきました。世界最高のワインを満載したる、9014艘もの大船が、シリア海経由で、ジャファ〔テルアビブの外港〕に到着いたしまする。そこにラクダが220万頭、ゾウが1600頭、控えておりまする。殿がリビア進軍に際しまして、シジルマッサ〔サハラ砂漠の町〕の周辺で狩猟をおこない、確保なさることになっております。加えましてメッカの隊商が総動員される手はずでございます。ワインの供給は十分ではございませんでしょうか。」(宮下訳、263‐264ページ、渡辺訳では160‐161ページ) 砂漠でワインを飲んだら、余計に喉が渇くのではないかと思う。

 「なるほど、そうかもしれぬ。だが、冷やして飲めなかったのだぞ。」(宮下訳、264ページ、「原文は単純過去形。ピクロコル王、すっかりその気になっている。」と265ページの傍注にある。渡辺訳では161ページ。)
 3人は、世界征服のためには、小さな快楽は捨てなければならないと説得に努める。「殿とその軍勢は、無事にティグリス河まで来られたのですから、何とも有難きこと、神に感謝せねばなりませんぞ。」(宮下訳、264ページ、渡辺訳、161ページ) 確かにローマ帝国はペルシア(パルティア)をその版図に含むことはなかったが、アレクサンドロス大王はペルシアも滅ぼして、今のアフガニスタンやパキスタンの一帯まで進出している。どうせ空想の世界であるから、さらに東に進んでもいいのである。

 ピクロコル王の妄想を煽り立てる3人の世界征服計画はまだまだ続く。どんなことになるかはまた次回に。

 朔日、病院に出かけたところ、予定していなかったホルター心電計の装着が加わったこともあり、たいへんに疲れてしまい、ブログの更新途中で眠り込んで、昨日分の原稿を完成できませんでした。これから、ゆっくりと完成させていきたいと考えておりますので、その旨ご了承ください。
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