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『太平記』(276)

8月20日(火)晴れ、暑し。その後、雲が多くなって、一時雨。

 貞和4年(南朝正平3年、西暦1348年)10月、光厳上皇の皇子興仁(おきひと)王が践祚された(崇光帝)。このとき、院の御所に幼児の首をくわえた犬が現れるという怪異があった。その頃、仁和寺の本堂で雨宿りをしていた僧が、天狗道に落ちた尊雲法親王(護良親王)以下の宮方の怨霊たちが、集まっているのを目撃した。

 天狗道に落ちた怨霊たちが集まってしばらくすると、房官(ぼうかん≂門跡寺院に仕える妻帯僧)と思しき一人が現れ、銀の銚子に金の盃を添えて、護良親王に飲み物を勧めた。親王は、盃を取り上げられて、左右のものを見わたし、3度に分けて盃のなかのものを飲まれて盃をおかれ、続いて峯僧正(春雅)以下の人々が、順々に飲んでいったが、酔いが回って浮かれ出すというような様子にも見えない(この人々は僧侶であるから、本来酒は飲まないはずである)。
 それからまたしばらくして、怨霊たちはいっせいにわめくような声をあげて、手足をばたばたさせ、首から黒い煙を立ち昇らせて苦しみ転げまわること約1時間余り、みな、火のまわりに集まった夏の虫がその日に焼かれて死んでしまったように、倒れ伏して動かなくなった。

 この様子を目撃していた僧は、あぁ恐ろしいことだ、天狗道に落ちると、焼けた鉄の塊を火に3度呑むことになるといわれているのはこのことであったのかと思っていると、約4時間ほどして、焼けた鉄を飲んで倒れていた怨霊たちがまた、息を吹き返しはじめた。そのなかで峯僧正春雅が、苦しそうな息遣いをしながら、「さても、この世の中を、どのようにしてまた大騒ぎさせたらよいものか」と他の者たちに問いかけた。
 すると、忠円僧正が末座から進み出て、「それは簡単なことです。あの直義は、他犯戒(たぼんかい=姦通などの邪淫の戒め)をしっかり守っていて、僧侶ではない俗人としては自分ほどこのような禁戒を犯さない者はないと深く慢心しております。われわれとしてはこの慢心に付け入って、大塔宮におかれては、直義の北の方の胎内に男子となってお生まれになってくださいませ。そうするならば、直義は、天下を自分のものとして、自分の子どもに譲り渡したいという欲心を起こすに違いありません。(こうして、いままでは結束が固かった、尊氏と直義の兄弟の仲を引き裂くことができるでしょう。)

 また、夢窓疎石の弟弟子で、妙吉侍者というものがおります。学道のほども修行のほども不足しているにもかかわらず、ご本人は自分ほどの学識のある者はいないと慢心しています。この慢心ぶりは、我々に付け入る隙を与えるものなので、峯の僧正様はその心の中に入りこんで、直義による政治を補佐し、邪法を大いに説き広めるようにしてください。
 智教上人様は、直義の側近である上杉重能、畠山直宗の心に取りついて、高師直、師泰兄弟を取り除こうとさせてください。
 この忠円は、高師直の心の中に入りこんで、上杉、畠山を滅ぼそうと策動します。
 こうすれば、尊氏と直義の兄弟の仲が悪くなり、師直が主従の礼に背くようになって、天下にまた大きな争乱が起きることになり、しばらくのうちは、我々は退屈することはないでしょう」と提案した。
 すると、大塔宮を始め、高慢な心、よこしまでおごった心の持主である天狗たちは、大天狗だけでなく小天狗まで大いに賛同し、「見事な企てですなぁ」とその計略の巧妙さに感心して喜んだ様子を見せるうちに、その姿は消えていった。

 天狗たちの謀議から、尊氏・直義兄弟の反目=観応の擾乱が始まるというのはもちろん『太平記』の作者の創作ではあるが、一定の歴史的な真実を反映していると考えるべきであろう。
 それはさておき、すでに見てきたように、中先代の乱のどさくさに紛れて護良親王を殺害させたのは直義であって(第12巻、これは直義を必要以上に悪役として描く、『太平記』の作者の創作であるという説もある)、その殺された護良が、今度は直義の子どもとして生まれ変わるというのは、なかなかの怪談噺である。優柔不断な兄尊氏を叱咤激励して、天下統一へと進ませる直義は、また禁欲的な性格の人物として描かれている。今回紹介した箇所で忠円が云うように、正妻以外に妻を持たないその当時としては珍しい人物であった。この時点まで直義には子どもがおらず、兄・尊氏が身分の低い女性に産ませた子どもである直冬を養子にしていた(そのことは、『太平記』ではまだ触れられていない)。直冬は、尊氏の嫡子である義詮よりも少し年長であったと考えられる。
 一方、尊氏には直冬は別として、正妻である赤橋登子との間に義詮(1330年生まれ)、基氏(1340年生まれ)という2人の子どもがいた(他にも男子がいたらしいが、出家している)。すでに義詮が、尊氏の後継として着々と成長して来ていたことも視野に入れておく必要があるだろう。
 さて、物語はどのように展開していくか、それはまた次回に。

 昨日も書いたように、今夜はみなさまのブログへの訪問ができませんが、これはシネマヴェーラ渋谷に映画を見に行くために時間がとれないということなので、特にご心配は無用です。明日からは、きちんと訪問するつもりです。
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