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日記抄(8月13日~19日)

8月19日(月)晴(とはいうものの、雲がかなり多い)、依然として暑い。

 8月13日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、その他、これまでの記事の補遺・訂正等:
 8月12日から18日までは、ラジオの語学番組は再放送で、NHK高校講座はなかったので、その分、時間の自由ができたはずだが、あまり生かすことはできなかった。

8月13日
 シネマヴェーラ渋谷で「名脚本家から名監督へ ビリー・ワイルダー ジョセフ・レオ・マンキーウィッツ プレストン・スタージェス」の特集上映のうち、『イヴの総て』(All about Eve, 1950, FOX、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督)と『熱砂の秘密』(Five Graves to Cairo, 1943,パラマウント、ビリー・ワイルダー監督)を見る。
 『イヴの総て』は、イヴ・ハリンドン(アン・バクスター)という若い女性が、ブロードウェーの人気女優マーゴ・チャニング(ベティ・デイヴィスの付き人になり、マーゴと起居を共にする中でその演技術を学び、また演劇界にコネをつくって、次第にマーゴを踏み台にして新進女優としてのし上がっていく姿を描く。この作品でアカデミー助演男優賞をとったジョージ・サンダースを始め、ゲイリー・メリル、セレステ・ホルム、セルマ・リッターという脇役陣の演技も見ものである。さらに売り出し中の新進女優という役どころで、当時の新進女優だったマリリン・モンローが姿を見せているが、今度は、イヴの大ファンだといって、その付き人になろうとする若い女(バーバラ・ベーツ1925‐69)が登場する幕切れも印象に残る。その若い女が、自分はイーラスマス・ホール・ハイ・スクールの卒業生で、この学校はバーバラ・スタンウィックやスーザン・ヘイワードが卒業した学校ですという。この高校はブルックリンに実在した学校で、この2人のほかにも、クララ・ボウ、メイ・ウェスト、(時代は下がるが)バーブラ・ストライサンドが学んでおり、映画関係以外では作家のミッキー・スピレーンとバーナード・マラマッド、変ったところでチェスの名人だったボビー・フィッシャーも卒業生らしい。なお、バーバラ・ベーツはこの学校の卒業生ではないが、マーゴ役はもともとクローデット・コルベールが演じる予定だったのが、けがのために出演できなくなり、代役としてバーバラ・スタンウィック、マレーネ・ディートリッヒ、スーザン・ヘイワードらの名が挙がっていたというから、わざとこの学校の名を出したのであろう。バーバラ・ページという女優さんはこの『イヴの総て』のラスト・シーンの演技が印象的で、将来を嘱望されたのだが、その後は伸び悩み、結局この『イヴの総て』が代表作ということになってしまった。人生、いろいろである。

 『熱砂の秘密』は、第二次世界大戦中に作られた一種の戦意高揚映画で、北アフリカ戦線でドイツ軍に敗れて逃げ回っている戦車隊の下士官(フランチョット・トーン)が、あるホテルに迷いこみ、追走してきたドイツ軍を欺くために死んだウェイターに成りすますが、この死んだウェイターが実はドイツ軍のスパイで…というスパイ・サスペンスで、戦後に作られた同種の作品に比べると速成感が否定できないが、なんといっても、エリッヒ・フォン・シュトロハイムがロンメル将軍を演じているというところが見もので(考えてみると、この映画の製作当時、ロンメルはまだ生きていた)、ホテルの主人をエーキム・タミロフ、メードをアン・バクスター、ドイツ軍の将校をペーター・ヴァン・アイクが演じているという配役も、考えてみればなかなかのものである。それにもう1人、イタリア軍の将軍の役を演じているフォーチュニオ・ボナノヴァは『市民ケーン』でケーンの2度目の奥さんに歌を教える先生を演じていた俳優である。

8月14日
 サマー・ジャンボの抽選日。もし10万円(以上)の賞金が当たったら、月末に京都で開かれる大学(院)時代に縁のあった先生のお別れ会に出席しようと思ったのだが、6等しか当たらなかったので、出かけられそうもない。

 サッカーの天皇杯の3回戦、ニッパツ三ツ沢球技場で開かれる横浜FC対横浜F・マリノスの試合は、入場券が買えなかったので、そのことも含めて、絶対に勝ってほしかったのだが、1‐2で敗れた。
 この3回戦の結果を占う、1112回のミニtoto-Aが当たったが、賞金額が少ないので、当たらないのと同じようなものである。

8月15日
 小泉武夫『幻の料亭 百川物語』(新潮文庫)を読み終える。この著者の書いたものは、自分の体験に基づくものの方が、このように調べて書いたものに比べて面白い。

8月16日
 『朝日』の朝刊にアフリカの食糧不足を解決するために、コメの栽培を進めようという記事が出ていた。アジア米とアフリカ米のいいとこどりをしたネリカ(New Rice for Africa)という新種の陸稲の開発によって、米食を普及させようというのである。この記事を読んでいて、昔、ロンドンのカムデン・タウンの屋台で食べた西アフリカ料理、肉や豆を焚きこんだ米料理を思い出した。

8月17日
 『朝日』の朝刊の「天声人語」欄に、新たな『学習指導要領』で高校の国語の内容が、実用文本位に大きく変化することになること(これまで主流だった文学教育の傍流化)を危惧する意見が記されていた。確かに、さまざまな文書をめぐる実際的な能力に関わる教育も必要ではあるが、それを国語の枠内で、文学教育を犠牲にして実施すべきかという問題と考えるべきであろう。つまり、社会科の公民分野の問題として公私の文書の書き方、読み方、あるいは保存・整理の問題などを教えるというのも一つの考えである。勘ぐってみれば、社会科のなかでこのような問題を批判的に取り上げるよりも、国語科のなかで規範的に取り上げるほうがいいという判断があるのかもしれない…などとも思う。
 「天声人語」が<文学派>の主張だけを取り上げて、<実用派>の意見を取り上げないのも不公平であるかもしれない。新井紀子さんなどは、高校の国語教育が鷗外の『舞姫』、漱石の『こころ』、敦の『山月記』という「エリート男性の挫折」を描いた作品を好んで取り上げることを問題にしているが、そのような紋切り型の読解力もまた問題ではないかと思う。
 〔『NHK高校講座 現代文』で、まさにこの『山月記』を取り上げていて、この作品を丁寧に読むとこんな面白さがあるのかと思って聴いているところである。根岸線の石川町駅の近くに、横浜学園の付属幼稚園があって、ここは昔の(中島敦・岩田一男・渡辺はま子が教え、原節子が学んだ)横浜女学校の跡地であり、そのことを記念する掲示もあるので、興味のある方はお探しください。
 中島敦という人は、自分自身の経験を作品化することが苦手で、本で読んだことを作品化する方向に活路を見出した作家であるが、そういうところは、芥川龍之介によく似ていて、彼が芥川賞の候補になりながら、受賞できなかったのは、日米開戦直後という世相や空気もあっただろうが、審査員の文学観の問題として追及を受けていい問題である。〕 
 中島敦の女学校時代の経験に取材したらしい小説を読むと、そこで想像されるよりも、現在残っている跡地の狭さが気になるのだが、あるいは移転する際に敷地の相当部分を売却したということかもしれない。

 横浜FCはアウェーでFC琉球に3‐1で勝利した。3得点を斎藤功佑、中山、松尾という若い選手の活躍で得たというところに期待が寄せられる勝利であった。

8月18日
 『日経』の日曜・朝刊の美術特集記事「ルネサンスの朝(4) 目覚めゆく独学と経験の天才」というレオナルド・ダ・ヴィンチの記事が興味深かった。というよりも、そこで紹介されている初期の未完の作品「東方三博士の礼拝」と彼の師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオの作品を手伝った「キリストの洗礼」の図版がよかった。レオナルドにはヴェロッキオという師匠がいるのだから、彼を「独学」の天才と考えるのは認識不足と言わざるを得ない。たしかに、彼はいわゆる学歴はほとんどないが、この時代、大抵の人間がいわゆる学歴は持たず、むしろ、徒弟制度のなかで教育を受けていたのである。

 アメリカの俳優であるピーター・フォンダさんが16日に、肺がんによる呼吸不全のためロサンジェルスの自宅で死去されていたと報じられた。79歳。出演作では『ワイルド・ンジェル』(1966)、『世にも怪奇な物語』(1968)、『イージー・ライダー』(1969)、『さすらいのカウボーイ』(1971)、『ふたり』(1973)、『怒りの山河』(1976)、『アウトローブルース』(1977)を見ている。ということは、若い時代の作品しか見ていないということであるが、父親のヘンリー・フォンダ、姉のジェーン・フォンダとは別の意味で印象に残る役者さんであった。謹んでご冥福をお祈りしたい。

8月19日
 『日経』朝刊に総合研究大学院大学学長の長谷川真理子さんが、「高進学率時代の大学教育」についての一文を寄稿していて、教える側と学ぶ側とが「双方向型」で交流し合う学習形態への転換が必要だとするもので、大いに示唆に富む内容である。
 わたしが受験生の頃は、まだまだ大学受験が困難な時代であったから、同期の連中と酒を飲んだりすると、その後の日本の大学の大衆化とその結果の変化などということは考えずに、日本でもアメリカの大学のように入るのはやさしく、出るのが難しいシステムにすべきだなどと絡まれることがある。しかし、(アメリカの大学が入るのはやさしく、出るのが難しいというのは一種の神話だというのは以前にも書いたことであるが)日本の大学は「入るのが難しく、出るのがやさしい」システムをとっくの昔に脱皮して、「入るのも、出るのもやさしい」システムになっている。まあ、それはそれでいいのである。だからこそ、大学教育の中身を充実しなければならない、という長谷川さんの議論には大いに賛成である(入試改革ではなく、大学教育の中身の改革こそが必要であるというのは、このブログで繰り返してきた主張である)。「双方向型」への転換というのも大いに賛成なのだが、それを実現する大学の財政的な基盤というのが心もとないのが気になるところではある。

 本日も、体調が十分ではないので、皆様のブログへの訪問を休ませていただきます。たぶん、明日もお休みということになります。失礼の段お許しのほどを。残暑厳しい折、御自愛ください。  
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