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ラブレー『ガルガンチュワ物語』(12)

8月16日(金)曇り、午後になり次第に晴れ間が広がる。風が強く、暑さがわずかながら和らぐ。

 ガルガンチュワは、フランス西部の一地方を治めていたグラングゥジェ王と、その妃であるガルガメルの間に生まれた。「おギャー、おギャー」という代わりに「のみたーい! のみたーい! のみたーい!」と産声を上げ、それを聞いた父親が「やれやれお前のはでっかいわい!」(Que grand tu as!)と言ったために、このように命名された。
 もともと大きな赤ん坊であった彼は、葡萄酒と牛乳を飲んですくすくと育ち、巨大な体躯に加えて、なかなか賢い子どもに成長した。そこで、父王は詭弁学者を家庭教師として勉強させたが、効果がなかったので、新しい学問と教育法を身につけたポノクラートを教師として、パリで勉強するように故郷から送り出した。ポノクラートのもとでガルガンチュワはギリシア・ローマの古典、キリスト教の福音書、そして自然科学と技術について学び、またスポーツと武芸で体を鍛えた。
 ある年の秋のはじめ、ブドウの収穫時に、グラングゥジェ王の領地の羊飼いたちが、通りがかった隣の国の小麦煎餅売りたちといざこざをおこし、暴力をふるった小麦煎餅売りを懲らしめて追い払ったが、それを逆恨みした小麦煎餅売りたちは、彼らの王であるピクロコルに隣国の羊飼いたちの無法について報告し、ピクロコル王は事実をよく確かめもしないで、軍隊を招集してグラングゥジェ王の領地に攻め入った。
 ピクロコル王の軍勢は、略奪のかぎりをつくしたが、スイイーの村にある修道院のブドウ畑は、修道士ジャンの働きによって無事であった。隣国の王の侵攻の報告を聞いたグラングゥジェは、事態を円満かつ平和裏に解決しようとする一方で、パリに伝令を送ってガルガンチュワを呼び戻そうとする。

第30章 ウルリック・ガレがピクロコルのもとへ派遣されたこと(ウルリック・ガレ、ピクロコルのもとに派遣される)
 グラングゥジェはガルガンチュワを呼び戻す手紙を持った使者を派遣した後、ウルリック・ガレという家来を特使に任じて、ピクロコル王との交渉にあたらせ、侵略行動の理由の究明と軍隊の撤兵の要求を行なうことになった。
 ガレはすぐに出発して、ピクロコル軍の立てこもるラ・ローシュ・クレルモーの城に近づいたが、付近の住民に敵兵は凶暴だから慎重に行動したほうがいいと忠告されて、とりあえず一泊した。
 翌朝早く、使者としての用向きを伝えたが、ピクロコル王は城門を開こうとせず、前哨稜堡(宮下訳では城塞の塁道)のところまで出てきて、そこで使者の申し立てを聞こうとした。
 ガレは、そこで次のように弁じた。

第31章 ガレがピクロコルに向ってした演説(ガレがピクロコルに対しておこなった演説)
 ガレはまず、ピクロコル王のはっきりとした理由の説明のない軍事行動によって、何人かの人命が失われたことを指摘し、事の重大性を認識するように(ズバズバとというより、やんわりと)いう。

 そして、ピクロコルの国と、グラングゥジェの国、さらに近隣の諸国は、長いあいだ友好関係を保ち、そのことを盟約として尊重してきたはずであるのに、なぜこのような軍事行動を起こしたのかと問う。
 しかも、この諸国間の友好関係は国際的に羨望を集めているものであり、他にも加わりたいと思っている国もあり、国際的な平和に役立っているのに、なぜ、この期に及んで破棄するような行動をとるのかという。
 グラングゥジェの側では、ピクロコルの側に対していかなる軍事的な挑発行為もしてこなかったのに、なぜこのような侵略行為に及ぶのかを説明してほしいと畳みかける。侵略行動は人道にも神の教えにも背く行為である。神の教えに背く行為は、必ずや神の裁きを受けるであろう。これが一種の宿命であるにしても、その結果はよくないことは明らかであるし、それに、他の国や国民とその財産を巻き込むのはやめてほしいという。
 また、仮にグラングゥジェの側に非があったとしても、事態について調査を行い、外交交渉を行ってから、軍事行動を起こすのが筋というものではないか。
 直ちに撤兵して、グラングゥジェの国に与えた被害について賠償し、またその支払いまでに人質をおいていただきたいというのが彼の演説の内容であった。

第32章 グラングゥジェが平和を購うために小麦煎餅を返させたこと(グラングジエ、平和を購うためにフーガスを返却する)
 以上のように述べてガレは口をつぐんだのだが、これに対して、ピクロコル王は悪態をつくだけで、「小麦煎餅でも粉にしてやるわい」(渡辺訳、152ページ、宮下訳、「フーガスだってすりつぶしてくれるわい」、250ページ)と言い捨てた。渡辺が注記しているが、せっかく煎餅にしたものを粉にしてしまってはしょうがない。

 回答らしい回答を得られなかったがれは、やむを得ず、グラングゥジェ王のもとへ戻る。グラングゥジェは神がピクロコルの激怒を和らげ、力に訴えなくても道理をわきまえられるようにしてほしいと祈っていたのである。
 戻ってきたガレの姿を見て、グラングゥジェは首尾を尋ねた。ガレは答える。
 「道理も糸瓜(へちま)もございません。あの男は全く常軌を逸し、神にも見離されて居ります。】(渡辺訳、153ページ、宮下訳、「うまくいきませんでした。あの男は完全に常軌を逸しておりますし、神にも見放されておりまする。」、250ページ) 原文は
-- Il n'y a (dist Gallet) ordre; cest homme est su hors du sens et delaisse de Dieu. (古いフランス語なんでわかりにくいが、宮下訳の方が原文の文脈に忠実なのではないかと思われる。)
 
 ピクロコル側の言い分は全くわからないが、どうも「小麦煎餅」(あるいはフーガス)というところに、事件の真相を解くカギがありそうだということになり、事件を調査してみると、ピクロコルの国の人々からグラングゥジェ側が無理やりに小麦煎餅を若干奪い取ったこと、小麦煎餅売りのマルケが脳天に丸太棒をぶつけられたという事実が判明した。しかし、小麦煎餅の代金は支払ったのだし、マルケのほうがフロジェに先に手を出したことも明らかなので、全力で防戦に当たるだけの理由はあるように思われた。
 戦争の多くは「自衛のための戦争」である。だから、グラングゥジェ側としてみれば、すでに侵略を受けているのであるし、交戦するだけの根拠は十分に整っていると思われるのだが、グラングゥジェはなおも交戦に踏み切らない。
 「たかが何枚かの小麦煎餅だけの問題ならば、向うの得心の行くようにしてやることにしよう。戦端を開くなどということは、気に染まぬこと、この上もない。」(渡辺訳、154ページ、宮下訳では251‐252ページに相当)

 そこで4ダースか5ダース分の小麦煎餅を奪い取ったということがわかると、5輌分の小麦煎餅を作らせ、そのうちの1輌分は特別製の物を作って、マルケに与えるものとしただけでなく、彼には多額の治療代と、賠償金を支払うことにした。そしてガレをふたたび交渉に赴かせ、これらをもって平和の条件としようとした。ガレの言い分を聞いた、ピクロコル王側のトゥクディヨン(渡辺訳では臆病山法螺之守)はピクロコル王に提案の骨子を伝えたが、グラングゥジェは臆病風に吹かれてこのような措置をとったのであり、ピクロコル王側の出方を与しやすしとみている、強硬な態度をとって思い知らせてやるべきだと、余計なことを付け加える。そして兵糧が不足している折、使者の持参した小麦煎餅は没収し、自分たちの食料とするように進言する。ピクロコル王はその言葉を受け入れて、ガレが持参した大金や小麦煎餅を奪い取り、使者たちを追い返す。ガレはやむなく、グラングゥジェの元に戻り、この際、戦闘以外に平和の手段はないと復命するのであった。

 ピクロコルの好戦的な姿勢は、この時代のヨーロッパの国王たちが一般的にとっていたものであり、これに対し、グラングゥジェのあくまでも平和を望む姿勢は、ラブレーが師と仰いだ人文主義者エラスムスの思想を反映するものであるといわれる。トマス・モアの『ユートピア』やトンマーゾ・カンパネッラの『太陽の都』でも戦争と平和の問題は大きく取り上げられているのは、別の所で論じたとおりである。戦争を無条件に肯定するか、自衛のための戦争のみを肯定するか、戦争全般を否定するか、意見は分かれるところであろう。ラブレーの考えは、自衛のための戦争は肯定するもののように思われるが、鎧を着こんだ上から僧侶の衣をきた平清盛を思い出させるところがないわけではない。
 ピクロコルは侵略を思いとどまろうとしないが、この結果はどうなるのだろうか。それはまた次回に。 

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