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『太平記』(275)

8月13日(火)曇り、一時雨

 貞和(じょうわ)4年(南朝正平3年、西暦1348年)10月、光厳上皇の皇子である興仁(おきひと)王が践祚された(崇光=すこう帝)。その時に、子どもの首を犬が加えて御所にやってくるという怪異があった。このような出来事が起きたのだから、即位に伴う大嘗会は延期すべきであるという意見もあったが、坂上明清の意見に従って予定通り実施することになった。この儀式のための出費を強いられた民衆の不満は小さいものではなかった。

 また、このころ、仁和寺でも不思議な出来事が目撃された。仁和寺は京都市右京区御室(おむろ)にある真言宗御室派の本山で、仁和(885-889)という当時の年号を寺号にしていることからもわかるように勅願寺である。小川剛生さんの近著『兼好法師』によると、兼好はこの寺の近くに住んでいたのではないかということで、実際に『徒然草』にはこの寺にかかわるエピソードが少なからず収められている。

 諸国行脚の僧が、嵯峨(京都市右京区)から洛中に戻る途中、夕立にあって、雨宿りに立ち寄る場所もなかったので、仁和寺の六本杉の木陰で、やむのを待つことにした。しかし、雨は降りやまず、日も暮れてしまったので、どうしようかと不安な気持ちに襲われて、それならば、今夜は本堂の近くで夜明かしすることにしようと思って、本堂の付近で経文を唱えながら過ごしていた。
 余計な話であるが、現在では仁和寺には仁和寺御室会館という宿坊があって、泊まることができる(場所は寺から少し離れている)。一度泊まってみようと思うのだが、果たして実現するかどうか。

 深夜、雨が上がり、月が明るく照らし始めたので、目を凝らしてみていると、京都の西北にある愛宕山、東北の比叡山の方から、貴人の乗る四方輿に乗った異形のものが、空を飛んで集まってきて、この六本杉の梢に並んだ。
 愛宕山は山城と丹波の国境にあり、修験道の霊場で、古くから天狗が住むとされた。

 それぞれの異形のものの座が定まって、虚空にひかれていた幔をさっと引き上げたので、そこに居並ぶ人々が何者であるかを見定めることができた。上座に座ったのは後醍醐帝の母談天門院の一門の出身である峯僧正春雅で、香染め(丁子を煎じた汁で染めた黄を帯びた薄紅色)の衣に袈裟をかけた姿で、目は太陽か月のように光り、鳶のように見えるくちばしをしていたが、水晶の数珠を爪繰りながら、着席した。次に南都の西大寺の律僧で、正中の変でとらえられ処刑された智教上人、後醍醐帝の側近で正中の変で越後の国へ流罪になった浄土寺の忠円僧正が、春雅の左右に着席する。皆、生前の見慣れた姿ではあるが、眼の光は尋常ならず異様に光っていただけでなく、左右のわきから長い翼が生い出ていた。
 浄土寺というのは京都市左京区浄土寺町にあった天台宗の門跡寺院で、現在は地名だけが残っている。京都大学の近くであり、大学時代の友人知人で、浄土寺に下宿しているものが多かったので、この一帯はよく歩いた。地名にもかかわらず、浄土寺という寺がないのはどういうことかと不思議に思っていたものである。

 これを見ていた諸国行脚の僧は、自分もまた天狗道に落ちたのか、あるいは天狗が自分の目を狂わせているのであろうかと、茫然として、それでも目を離さずじっと見ていると、さらに五緒(いつつお)の車≂前方の簾に五筋の染革の緒を垂らした車(貴人が乗用する)でいかにも華やかな様子で現れた客がいた。台を踏んで降車する姿を見ると、大塔宮護良親王であったが、まだ還俗されずに僧侶の身で、天台座主という地位に就いていられた時の姿であった。それまで座っていた天狗たちは、みな席を立って蹲踞の礼=両膝を折ってうずくまり、頭を下げる礼をもって、親王を迎えた。
 天狗道というのは慢心した僧が落ちる魔界だそうである。この場面は『太平記』中もっとも有名な部分の一つであるが、宮方と思われる僧侶たちを天狗道に属している身の上として描く、作者のものの考え方に注目しておく必要がある。さて、天狗道に落ちた僧侶たちが、どのような話をするのか、それが天下の形勢とどのようにかかわるかはまた次回。
 浄土寺の話で考え着いたのだが、大学の授業で地域研究というか、大学のある地方・地域についての学習を課すことが望ましいのではないだろうか。その地域に詳しい人の話を聞くことも、自分で地域の歴史や現状について調べることも、それぞれ意味のあることだと思うのである。

 本日は、時間がないので、皆様のブログを訪問する余裕がありません。あしからずご了承ください。
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