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ラブレー『ガルガンチュワ物語』(10)

8月2日(金)晴れ、暑し。

 昔々、グラングウジェという陽気で酒好きな王様がいた。かれはガルガメルという妃を迎え、赤ん坊が生まれた。その赤ん坊は、生まれるとすぐに、「のみたーい! のみたーい! のみたーい!」と叫び出し、それを聞いた父親が「やれやれお前のはでっかいわい」(Que grand tu as!)といったことから、ガルガンチュワと命名された。
 ガルガンチュワはもともと大きな赤ん坊であったが、牛乳と葡萄酒を飲んですくすくと育ち、よく遊び、5歳になると、父親に向かって衛生的な尻の拭き方を韻文混りで語るなど、利発な子どもであることがわかったので、グラングウジェは、家庭教師をつけて勉強させた。ところが50年以上も熱心に勉強したのに、一向に賢くなるどころか、頭が悪くなったようにさえ思われた。
 そこでこれは教育方法が間違っていたのではないかと思ったグラングウジェは、新しい教育を受けたユーデモンという若者を呼び寄せて、ガルガンチュワと問答をさせたところ、ユーデモンが弁舌爽やかにラテン語で議論を進めたのに対し、ガルガンチュワは何も答えることができなかった。そこで、グラングウジェはこれまでの家庭教師をやめて、ユーデモンの師匠であるポノクラートにガルガンチュワを託すこととし、当今の若者たちがどのように教育を受けているのかを知るためにもと、パリへと送り出した。
 パリに到着したガルガンチュワは、その巨大な体躯のために大騒動を起こすが、やがて落ち着いてパリで勉強するようになり、ポノクラートの新しい、適切な教え方のために、敬虔な心を持ち、古典についての豊かな教養を現実の自然や社会と適切に結びついた形で身に着けた若者へと成長していった。
(と、ここで場面がかわる。)

第25章 レルネの小麦煎餅売りたちとガルガンチュワの国の住民たちとの間に大論争が起り、それが因(もと)で大戦争になったこと(レルネ村のフーガス売りとガルガンチュアの国の住民が大げんかを始め、ついには大戦争になってしまったこと)
 「頃は秋の初めで、葡萄の収穫(とりいれ)の時節だったから、[グラングウジェの]国の羊飼たちは、葡萄園の見張りをして、椋鳥どもに葡萄の果(み)を喰われぬようにしていた。」(渡辺訳、128ページ) 「さて、季節は秋のはじめである。ブドウの収穫期を迎えて、ムクドリにブドウの実を食べられないようにと、羊飼いたちは畑を見張っていた。」(宮下訳、212ページ)

 そこへ、レルネの村の小麦煎餅売りたちが10籠か12籠の馬籠に小麦煎餅を積み込んで(おそらくはシノンの)町に運ぼうと、通りかかった。レルネはシノン(Chinon)の町の近くにある村の名前、シノンはアンドレ≂エ≂ロワール県の都市である。(地図でフランス西部のロワール川流域を探せば見つかるはずである。) 小麦煎餅について、渡辺は「『小麦煎餅』とはfouaceの仮訳。小麦・卵・牛酪などで作った麺麭菓子の一種。レルネは、この『煎餅』の名産地としてトゥレーヌ州で知られており、『煎餅商組合』もあった由。」(渡辺訳、325ページ)と、宮下さんは「fouaceは、ガレットのようなものであったと思われる。南仏方言ではfougasseというが、最近、日本でも『フーガス』として認知されてきているので、これを訳語とした」(宮下訳、213ページ)と注記している。トゥレーヌ州というのはパリ盆地南西の旧地方名で、現在のアンドレ≂エ≂ロワール県を中心とした地域である。

 羊飼たちは、金を払うから市価で煎餅を売ってくれと丁寧に頼んだ。この小麦煎餅とブドウの実を一緒に食べると格好の朝食になるからである。ところが、煎餅売りたちは、この頼みを拒否しただけでなく、羊飼いたちを口を極めて罵った。羊飼いたちとしてみれば、これは意外な対応であり、羊飼いの一人であるフロジェという若者が、なぜ、そんな態度をとるのかと穏やかに質問した。すると、小麦煎餅同業組合の旗持頭(grand bastonnier de la conrairie des fouaciers)をつとめるマルケという人物が出て来い、俺の煎餅をくれてやるからと言ったので、フロジェが煎餅をくれるのだと思って銀貨を手にして近寄ったところ、マルケは鞭をふるって、フロジェの両すねを横ざまに払い、激しく叩きのめした。フロジェは驚いて、自分が抱えていた丸太棒をマルケに投げつけ、それでマルケは落馬して気絶してしまった。羊飼いたちや近くで作業をしていた農夫たちがこの騒ぎを聞いて駆け付け、煎餅売りたちに追いつき、彼らから煎餅を3・4籠分奪い取った。しかし、その対価は支払ったし、おまけに胡桃を100個と、白ブドウを3籠分も与えてやった。すると煎餅売りたちは、マルケを馬に乗せ、もと来た道を戻りながら、今に見ろとばかりの棄てセリフを残した。〔マルケについて、宮下さんは「フーガス作りの信心会の旗がしら」(宮下訳、214ページ)と訳しており、confrérieは「信心会、同業者信心会」と辞書にあるが、同じ辞書により古い意味として、「協会、団、組合」と記されているので、渡辺訳の方が適切ではないかと思う。もっとも宮下訳でも意味は十分に通じるので、これは解釈の問題である。〕

 羊飼いたちは、小麦煎餅とブドウをおいしく食べ、意地悪な煎餅売りたちを笑いものにした。フロジェの両すねの傷もブドウの汁で洗ったところ、すぐに治った。

第26章 レルネの住民たちがその王ピクロコルの指揮によってガルガンチュワの羊飼たちの不意を襲ったこと(レルネの住民、ピクロコル王の命令で、ガルガンチュアの羊飼いたちを急襲する)
 レルネに戻った煎餅売りたちは、取るものも取りあえず、この村のカピトリ城に赴き、この城の主であるピクロクルⅢ世という王に哀訴した。自分たちがどのような態度をとったかについてはまったく触れず、ただ自分たちの被害――壊された籠や、しわくちゃにされた頭巾や、ズタズタにされた着物…を見せて、これらはすべて表街道のスイイー村の先辺りで、グラングウジェの羊飼いたちと農夫たちによってなされた仕業であると述べ立てたのである。

 これを聞いた途端にピクロコル王は激怒し、どういう事情でこのような事態に至ったかを調べようともせずに、その全領土から自分の家来たちを招集した。そして着々と戦争の準備を始めた。自分たちの領民たちがグラングウジェの領民たちから受けた仕打ちの仕返しをしようと考えたのである。大急ぎで武装を整える一方で、敵情を偵察しようと、アングウルヴァン(渡辺訳では風喰い頓馬)を隊長とする300騎の軽騎兵を派遣した。その結果辺りはまったく平和であることがわかったので、全軍が急いで出発することとなった。〔すぐに軍隊を動かさずに、使節を派遣して、交渉により事態の解決を図るべきであろう。〕

 ピクロコル王の軍隊は行動を起こし、グラングウジェの支配する地域に入りこみ、略奪をほしいままにした。どうしてこんなことをするのかという住民の訴えに対して、煎餅菓子の食べ方を教えてやるのだということしか答えることをしなかったのである。

 小麦煎餅をめぐる小さな村の住民同士の小競り合いが、大戦争に発展する、あるいは大戦争として描かれる。これは地域的な紛争であるかもしれないし、ヨーロッパの覇権をめぐる神聖ローマ帝国皇帝カールⅤ世と、フランス王フランソワⅠ世との争いを暗に風刺しているという説もある。とにかく物語は、思いがけない方向へと移ってきた。さて、この「大」戦争の展開はどのようなことになるのであろうか。それはまた次回に。
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