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トンマーゾ・カンパネッラ『太陽の都』(9)

7月24日(水)晴れ、暑し。

 コロンブスの新世界への航海に参加し、その後、地球上をさらに西へと進んで、世界を一周してヨーロッパに戻ってきたジェノヴァ人の船乗りが、その航海の途中で立ち寄った「太陽の都」の様子を、マルタ騎士団の団員の質問に答えて語る。
 「太陽の都」はタプロヴァーナ島(この物語では、スマトラ島のことを指していると考えられる)の中央に広がる草原の中の丘の上に建設され、七重の城壁を同心円状にめぐらした都市で、その中心である丘の頂上には神殿が位置する。この都市を支配するのは、「太陽」と呼ばれる神官君主で、すぐれた学識を持つ人物が選ばれるという一種の哲人政治が行われている。「太陽」は「権力」、「知識」、「愛」と呼ばれる3人の高官によって補佐される。「権力」は軍事、「知識」は科学、「愛」は生殖、教育、医療を司っている。
 住民たちは私有財産を持たず、家族をつくらず、集団で共同生活をしている。(一部の例外はあるが)全員が働くので、社会全体としては豊かであるが、個々人の生活はきわめて質素である。衣服は配給制、食事は共同で行われ、城壁内の役人が指定した場所で寝起きする。
 神殿の外壁や城壁には様々な絵が描かれていて、子どもたちの教育に利用されている。人々は教育を通じてその能力・資質を見出され、それぞれに適した職業に就くことになっている。

 次にジェノヴァ人は、マルタ騎士団員の問いに答えて、生殖について語る。
 「太陽の都」では女子は19歳になるまで男子と同衾せず、男子は21歳までは生殖行為を行なうことができない(モアの「ユートピア」では女子18歳、男子22歳であった)。この年齢に達する以前であっても、情欲に激しく悩んでいる場合には、必要な手続きのもと、教師や医者の監督下で性交することができる。男色は激しく非難され、それが重なると死刑になる。21歳まで一度も西欧をしなかった男子は、褒賞などを授けられ、賞賛を受ける。
 彼らは古代ギリシャ人(スパルタ人)のように、男女の別なく全裸で運動するので、教師たちはそれぞれの身体的な特性をよく知っており、誰と誰の組み合わせが最も適切であるかを判断できる。坂本鉄男は「古代スパルタ人の習慣にヒントをえたもので、ラテン語版には明確に『スパルタ人のように』と述べている。モアの男女の適合性の判断はこれとは違って、行為の前に『互いに全裸で紹介される』と述べている」(87ページ)と注記しているが、古代スパルタ人が本当に全裸で運動する習慣を持っていたかどうかは疑ってみる余地がある。マリー=ルイズ・ベルネリが『ユートピアの思想史』で述べているように、リュクルゴスの唱導によるといわれるスパルタ人たちのこの習慣は、プルタルコスの『リュクルゴスの生涯』(『英雄伝』と訳されることが多い『対比列伝』の一部)に記されたものであり、プルタルコス自身が、彼の時代にはそうでなかったと述べているものである。が、リュクルゴスの改革に基づいて展開された(と言われる)スパルタ人たちの生活ぶりは、プラトンの『国家』と並んで、近世以降のユートピア思想に大きな影響を与えるものであった。すでに述べた、共同で食事をするという習慣についても、実はプルタルコスにその記述があり、モアも、カンパネッラもその影響を受けたと考えてよいのである。

 彼らの夜の営みは、教師たちの監督のもとで行われ、占星術によって最もよい時間が選ばれている。かれらが子作りのために入念な配慮をするのは、「生まれながらの素質なくしては道徳的な力も育つことは難しい、性質の悪い人々は法を恐れるために善をするのであり、法が無くなるようなことがあれば公然とあるいは秘密裏に共和国を害するであろうといわれています。だから、生殖にこそあらゆる配慮がなされるべきであり、持参金とか一時的な貴族の称号などでなく、生まれつきの性質にこそ注意が払われるべきなのです。」(28ページ)という理由からである。

 ある女性が、男性との間に子どもを儲けることができないと、別の男性と結びつけられる。その結果、彼女が不妊であることがわかると、男性たちの共有物とされる。そのような女性は生殖の会議、食堂、寺院などで母となったことのある女性としての名誉を得ることはできない。すべて神官である役人たちは、幾日もの間普通の人々よりも多くの条件を守らなければ生殖行為を行わない。彼らは思索にふけることが多いために、動物的な本能が弱く、よい子孫を残すことが難しいからであるという。
 妊娠した女性は15日間は仕事をせず、その後は、軽い労働に従事する。分娩後は共同の場所で自分で育児をする。そして博物学者たちの意見による2年間ほどは授乳を行なう。離乳後は女児ならば女性教師の、男児ならば男性教師の監督下に委ねられ、ここで他の子どもたちと一緒に学習することになる。
 子どもの教育については既に述べられているが、7歳になると博物を、それから役人たちの意見により他の学問を学び、その後、機械学を勉強することになるという。子どもたちは、生まれるときの星回りにを気をつけて生まれてくるので、同じ年齢の子どもたちは特性においても発育においても性向においてもほとんど同じである。そしてこのためにこそ、共和国の中は常に調和が保たれ、人々は互いに愛し合い、助け合うのだという。

 人々の名前は、形而上学者(=太陽)によって、彼らの外見上の特徴により名付けられる(形而上学者が、形而下のこのような事柄にかかわるというのも奇妙な話である)。「こうして『美男』と呼ばれるもの、『大鼻』、『大足』、『やぶにらみ』、『でぶ』などと呼ばれるものもいるわけですが、やがて彼らが職業や戦争などで非凡な腕前を見せるようになると、その職業に応じて『大画伯』、『黄金のような画伯』、『卓越せる画伯』、『堂々たる画伯』などの姓が付け加えられ、『黄金のようなでぶ』などと呼ばれるのです。」(坂本訳、29ページ) このような姓は高官たちから授けられ、人々の拍手と音楽の演奏のうちにそれぞれの行為や職業にふさわしい冠とともに贈られる。金や銀には価値が見いだされない社会であるので、人々はこのような拍手喝さいを得ようと努力しているのだという。

 家族というものはないはずであるから、ここで言われている姓はただの呼び名であって、それ以上のものではない。カンパネッラ自身も言っているように、彼らの名前のつけ方は古代のローマ人に似ているようである。職業や身分が姓になるのは、昔の九州の豪族である少弐氏(代々、大宰府の少弐の職を世襲したのでこの名がある)の例のように、職業が世襲の場合にありがちなことだと思うのだが、カンパネッラはそうは考えていないようである。もっとも、彼が『太陽の都』を理想的な未来社会の青写真として書いているかどうかを巡っては、疑問に思われる点がないわけではない。生殖にまつわる習俗についてジェノヴァ人の話はまだ続くが、それはまた次回に。
 
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