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ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(2)

7月21日(日)曇り

 イングランド南東部(というよりもロンドンの北にあると言ったほうがいい)ハートフォードシャーのロングボーン村の地主であるベネット氏にはジェイン、エリザベス、メアリ、キャサリン、リディアという5人の娘があった。母親であるベネット夫人にとっては、この5人の娘たちの結婚がいちばんの問題であった。一家の住まいの近くのネザーフィールド・パークという邸宅を、ビングリーという名の裕福な独身男性が新たに借りることになったという知らせを受けて、ベネット夫人は色めき立った。
 この地方の中心地であるメリトンの町で開かれた舞踏会に、ビングリーは自分の姉とその夫、妹と彼の親友だというダーシーという青年を連れて参加した。快活で愛想のいいビングリーはたちまち参加者たちの人気を集めたが、同行していたダーシーは彼が年収1万ポンドと噂される富豪で美男であったが、尊大な態度をとっていたために不評を買ってしまった。
 姉妹のうちで一番美しい長女のジェインは、ビングリーと二度踊る機会を得て、満座の注目を浴びたが、エリザベスは踊るのを休んでいるときに、それを見たビングリーがダーシーに彼女と踊るように勧めると、ダーシーが自分の相手にふさわしいほどの美人ではないと言って断るのを聞いてしまった。もともと明るい性格の彼女は、それを笑い話の種にしたのであったが、不快感は残った。〔以上、第1章から第3章までのあらすじ。今回は、第4章と第5章を取り上げる。〕

 ジェインは他人の前ではビングリーについてあからさまに褒めないようにしていたが、帰宅後、エリザベスと二人だけになると、彼がすばらしい、理想的な青年であるとほめだした。〔両親や、他の妹たちがいるところでは言わなかったというところに、上の2人の姉妹の家族に対する気持ちが現れている。〕 エリザベスは、ビングリーの美点を認めながらも、ジェインが美人であるために男性たちから関心を集めやすいことを指摘して、慎重にふるまうように言う。姉がビングリーを好きになるのはかまわないが、その姉妹たちに無警戒であるのは心配に思われた。ジェインは、ビングリーの姉妹たちは好感の持てる人びとだと考えていたが、姉よりも観察眼の鋭いエリザベスには彼女たちの高慢で人を見下す態度が気に入らなかったのである。

 ビングリーは商売で富を築いた父親から約10万ポンドの遺産を相続し、どこかに地所を買って地主としての生活を始めようと考えていたが、のんきな性格のためになかなか実行しないままになっていた。ビングリーは気さくで、おおらかで、素直な性格の持主であったが、自分とは違う性格のダーシーと固い友情で結ばれていた。ダーシーは気位が高く、不愛想で、気難しかったが、頭がよく、判断力に優れていたので、2人はよく補い合ったのである。
 この2人の性格は、彼らがメリトンでの舞踏会について持った印象にも表れていた。ビングリーが舞踏会はすばらしかったし、素敵な人々や、きれいな娘たちに出会ったと感想を述べたのに対し、ダーシーは大したことはなかったというだけであった。ミス・ベネット(ジェイン)について、ビングリーが「想像し得るどんな天使よりも美しい」(he could not conceive an angel more beautiful,p.18、大島一彦訳、40ページ)と言ったのに対し、ダーシーは「綺麗なことは認めるが、それにしても少しにこにこし過ぎだ」(大島訳、同上)というだけだった。しかし、ビングリーの姉妹二人が、ミス・ベネットは感じのいい(sweet)女性だと認めたことで、ビングリーは彼女のことを好きなように考えていいのだと結論したのである。

 ロングボーンから少しばかり歩いて行ったところのルーカス・ロッジと名づけられた邸宅に住んでいるサー・ウィリアム・ルーカスの一家と、ベネット家は親しく付き合っていた。サー・ウィリアムはもともとメリトンの町で商人をしていたが、町長(大島さんは市長と訳している。翻訳によって、市長とするものと、町長としているものとがあって、どちらでもいい)をしていた時に、国王への請願がみとめられて爵勲士(ナイト knight)に叙せられた(それでサー・ウィリアムとよばれるのである。「サー」と呼ばれるのは、従男爵(baronett)と爵勳士の場合である)。もともとは地主ではないのだが、土地と邸宅を買って、紳士(gentry)として生活するようになった。とはいうものの、低調で、礼儀正しく、世話好きな人物であった。夫人は善良ではあったが、「あまり頭が良すぎるほうではなかったので、ベネット夫人には貴重な隣人であった。」(大島訳、41ページ、この訳は、やや問題があるように思うので、他と比べてみると、「ルーカス夫人は平凡かつ善良な婦人で、あまり頭もよくなくて、ベネット夫人にはありがたい隣人だった。」(中野康司訳、33ページ)、「ルーカス夫人は、ごく善良な婦人で、ベネット夫人の頼もしい隣人となるには才気がありすぎて困るというほどでもなかった。」(阿部訳、26‐27ページ) 原文は
Lady Lucas was a very good kind of woman, not too clever to be a valuable neighbour to Mrs. Bennet.
で、直訳すると、「ルーカス夫人はきわめて善良のタイプの婦人であり、頭が良すぎるということはなかったので、ベネット夫人の貴重な隣人となることが得きた。」ということであり、阿部訳がいちばん文意をつかんでいるように思う。この作品を後まで読んでいくとわかるが、ベネット夫人は、娘たちの足を引っぱってばかりいるのに対し、ルーカス夫人はそれほど愚かではない。とにかく、お互いに親しく付き合える程度に、頭のよさも近かったということである。
 ルーカス夫妻にも子どもは複数いて、長女であるシャーロットは27歳で、聡明な女性であり、エリザベスと仲が良かった。〔エリザベスは20歳を過ぎたばかりの年齢であり、この両者は年齢が離れていることが、後で意味を持ってくる。〕 

 両家の令嬢たちは、舞踏会があるとその後で会って話しあうのが常であり、例の舞踏会があった次の日の朝も、ルーカス家の令嬢たちがあれこれ意見を交換するためにロングボーンにやって来た。ベネット夫人は(社交上)、ビングリーが最初にシャーロットと踊ったことを話題にする。これに対しシャーロットはビングリーは、二番目に一緒に踊ったジェインの方が気に入ったらしいと遠回しにいう。それだけでなく、ビングリーが当日の会場に集まった女性の中で一番美しいといったことを立ち聞きしたといい、自分の立ち聞きの方がエリザベスの立ち聞きよりも聞きがいのあるものであったと続ける。(表向きとは裏腹に、さまざまな火花が散っている。) ベネット夫人とエリザベスはダーシーのことを思い出さないわけにはいかない。ダーシーは不愉快な人物であるというと、シャーロットは、彼は親しい人としか口を利かないが、そういう場合には愛想がいいと話す。(シャーロットの方が広い情報網を持っている。) ベネット夫人は信じようとしないが、シャーロットは、ダーシーとエリザベスが踊ってほしかったという。不愉快な思い出を持ったエリザベスは踊ることなどとんでもないと答える。しかし、ミス・ルーカス(シャーロット⦆は、ダーシーが強い自尊心をもっているのはそれだけの理由があるからだといって、彼を擁護する。「こんな云い方をしてもよければ、あの方には高慢になる権利があるのよ。」(大島訳、44ページ、個人的な素質に恵まれ、家柄がよく、資産家でもあるということである。) エリザベスは、それには反論せず、「私だって、あの人が私の自尊心を傷つけさえしなかったら、いくらでもあの人の自尊心は恕(ゆる)してあげられてよ」(同上)と答える。ここは原文を引用すると、
 ”I could easily forgive his pride, if he had not mortified mine."
である。Pride and prejudiceのうちのprideという言葉が、ここで登場していることに注目しておこう。

 この章はここで終わってもいいのだが、オースティンは2つほど、ユーモラスな付け足しをする。一つは、ベネット家の三女であるメアリが、自尊心について余計な論評をすることであり、もう一つは、ルーカス家の息子(シャーロットの弟)が、もし自分がダーシーほどの金持ちならば、「いくらでも威張ってやるけどな。フォックスハウンドを一隊分飼って、毎日葡萄酒を一壜空けてやる。」(大島訳、45ページ) Penguine Classics版では、この個所に注記して、「この時代の男性の消費傾向の興味深い例である。狐狩用の猟犬というのは1750年ごろにさかのぼる、比較的近年の現象なのである」と述べている。12歳か13歳くらいの子どもが、勝手なことを言っているのだから、聞き流しておけばいいのだが、ベネット夫人が飲みすぎですとムキになって反論し、いつまでたっても議論は終わらなかったというところで第5章が終わっている。

 今回は第7章まで進むつもりだったが、第5章までで終わってしまった。『高慢と偏見』を代表するのが誰であるかがここまでで読み取れたはずである。本来ならば、結ばれるはずがない大地主のダーシーと、小地主の娘エリザベスが、次第に惹きつけられあう。この時点では、まだ両者の距離は離れている。地味目の恋愛小説を得意とするオースティンにしては、思い切り派手な設定である。『分別と多感』に登場したブランドン大佐の年収が2千ポンドということであったが、今回のベネット家は年収2千ポンドということで、同じ程度の地主である。それに対し、ビングリーは年収4千ポンド、ダーシーにいたっては年収1万ポンドというのだから、金持ちといっても規模が違う。ただしビングリーは土地所有者ではないから、遊び暮らしているだけである。ベネット家の当主やダーシーは地主であるから、それなりの仕事がある。
 第5章で、ベネット家の隣人であるルーカス家の人々が登場する。「擬似紳士(Pseudo-gentry)」であるルーカス家には、何人かの(物語を読んだ限りでは2人以上の)令嬢と、1人(以上の)令息がいる。家柄からいえば、格上の(ただし、ベネット夫人の出自が問題である)ベネット家の令嬢たちの方が美人ぞろいであるのは否定できないが、ベネット家ではエリザベス、ルーカス家ではシャーロットが抜きんでて頭がいいようである。(頭がいいというのは、どういうことかというのも問題だが、物語の進行につれて、作者オースティンが思い描く頭のよさがどのようなものかはわかってくる。) 善人だが、俗物的なルーカス家の人々は、ベネット家の人々と対立することもあるかもしれないが、決して、悪役でも敵でもない。かれらが物語の進行の中で果たす役割は、けっこう重要である(と、わたしは思っている)。
 
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