第七の封印

7月30日(火)曇り、夜になって一時雨

 渋谷のユーロスペース2で『第七の封印』を見る。イングマル・ベルイマン(1918-2007)が1957年に監督した作品である。

 中世の北欧が舞台。十字軍の遠征から故郷の海岸にたどりついた騎士を迎えたのは死神である。騎士は彼に対しチェスの試合を申し込む。もし勝ったら命を延ばしてくれというのだが、勝負がつくまでのあいだ時間を稼ごうという魂胆もある。

 騎士とその従者を迎えたのは黒死病の蔓延で荒廃した町や村である。死体が転がり、多くの家が空き家になっている。彼らを戦地へと向かわせた聖職者はコソ泥になり下がっている。騎士たちと相前後して旅芸人の一行がこの一帯を旅している。その1人は聖母子の幻を見たという。旅芸人たちの芸は観客たちには受け入れられず、疫病を神の怒りだとする狂信者たちの歌声にかき消されてしまう。一座の座長は鍛冶屋の妻と駆け落ちする。

 騎士と従者は家族を失った貧しい娘を料理人として一行に加え、旅芸人たちと道連れになり、妻に逃げられた鍛冶屋がついてくる。森の中で彼らは座長と鍛冶屋の妻に出逢う。疫病の元凶として魔女を焚察する場面に出逢い、黒死病で瀕死の男を目撃する。騎士の前にまた死神が登場する。

 騎士は神の存在について、その意思について問いをくり返す。地獄のような光景を目にし続けて、神が人間のために何を計画しているのか、懐疑的になっている。しかし他の登場人物は彼とは違って現実を受け入れているようにも思われる。旅芸人は死神の姿を見るが、その妻は何も見えないという。

 他の時代と同様に中世のヨーロッパは生と死の時代、大量の生と大量の死の時代を経験していた。この時代を暗黒時代と考える人々がいる一方で、ヨーロッパの原型をつくった重要な時代であると考える人々もいる。そもそも中世はヨーロッパ特有の時代区分であると説く学者が少なくない。この映画の世界は圧倒的な死の力を描いているが、その中で時に暴力的な姿をとる生命への衝動も描かれていると見るべきである。そしてその混乱した姿の中に新しい時代を創造するエネルギーも見え隠れしている。

 死神の姿に代表される中世のイメージの再現にベルイマンの造形力が発揮されている。言葉よりも図像の示すものを読み解くことがこの映画を理解するために重要であろう。

 旅芸人の妻を演じているまだ20代前半であったビビ・アンデショーン(アンデルソン)の若さが印象に残る。私が彼女の出演作をよく見ていたのは、彼女が30代になってからのことなので、あらためてその若い時代の美しさを発見したのはこの映画を見てのもう一つの収穫であった。
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